気品溢れる帝王の風格『Leitz Summarex 8.5cm f1.5』
ライカレンズのスイートスポットとなる焦点距離は、やはり35mmか50mmなのだろうか。
M型ライカ特有の素通しのガラスに浮かぶ白い枠を頼りに撮影するレンジファインダーの醍醐味を、気持ちよく体感できる画角…。
ブライトフレームの見やすさを考えると、一般的には準広角〜標準域くらいの画角を使うことがベターだとは思う。
でも私的には、景色を"切り取る"という事を強く意識出来て、フレーミングし易いと感じるのは75mm〜90mmの画角なのである。35mmや50mmはどうしても広すぎて、結局撮影後にトリミングしてしまう。
どの焦点距離が自分に一番あっているのか。ズームレンズの存在しないM型ライカ用レンズを使う人間であれば、一度は考える問題だと思う。
「写したいものだけを写せる画角」「ある程度整理された構図」を決めやすい焦点距離。私的にはそれが"中望遠"と呼ばれる画角なのだと、様々なレンズを使っていくうちに発見できた。
前置きがかなり長くなってしまった(笑)
今回取り上げるレンズはかなりの大物。ライカオールドレンズの中でも最大口径を誇る、大きさも重さも一線を画する『Leitz Summarex 8.5cm f1.5』である。
写真の通りカメラボディが霞むほどの迫力ある外観で、重厚な真鍮製鏡胴に梨地のクロームメッキが施された美しい仕上げは"古き良き時代の製品"という貫禄たっぷり。シリアルを信ずるならば1950年製造のレンズである。戦争終結後、ある程度製造ラインが安定した頃に造られたものなのだろうか…。ライカポケットブックによると、元々は軍事目的で設計されたレンズらしい。
ずっしりと重く、専用のフードを付けた姿は当に威風堂々。
『ズマレックス』のレックスはラテン語で"王"を意味する、その名に恥じない壮観な佇まいである。
銃口を向けられているかのようなド迫力である。(笑)
エレメントには美しいブルー系のコーティングが施されている。私の個体は若干のコーティング劣化が認められるが、撮影に影響をきたすようなものではない。
絞りはかなり贅沢な仕様で羽が15枚もあり、絞っても綺麗な円形絞りとなる。採算度外視で設計されたという逸話があるくらい、ライカレンズの中でもトップクラスの造りの良さではなかろうか。
「ライカ中望遠にハズレなし。」とはよく言ったもので、このレンズも例に漏れず素晴らしい描写を魅せてくれる。
レンズの見た目は厳ついが、写りは本当に繊細。85mmの画角とf1.5の薄い被写界深度がもたらす夢見心地な描写は、このレンズでしか撮り得ない。
合焦部はそこそこの解像度を持ちながら、透明感のある写り。宛らポジフィルムを透かしてみているかのような、浮かび上がる光の質感を感じられる写りだと思う。
85mmといえばポートレートレンズ。人の捉え方も巧く、非常に上品な描写である。肌の質感や、特に白い被写体でみられる優しい滲みは、なかなか得難いタッチだと思う。薄いベール一枚隔てて見るような、幻想的な写りだと感じる。
前ボケは素直で溶けるような美しい描写だが、後ろボケは少々ざわつく傾向。たださほどクセは感じない、まとまりのあるいい塩梅だと思う。絞り開放では合焦部とアウトフォーカス部であまりシャッキリとした分離感はなく、全体的にふんわりとした写り。この絶妙なふんわり感が、ズマレックスの作り出す優しい世界観だと感じている。
絞って撮影した作例がなく恐縮だが、一段絞るだけで見違えるようにカチッと写るようになる。滲みやフレア感は影を潜め、どちらかというと硬質なタッチとなる。f1.5とf2でここまで描写に違いが出るレンズも珍しいが、絞り開放主義(笑)な私はもっぱらf1.5でしか使わない。
人を主体とした写真は中々苦手で普段は静物や景色ばかり撮ってしまうが、こうした景色+ポートレートのようなシチュエーションでこそ威力を発揮するレンズだと感じる。
景色+ポートレートな写真の中でも、この一枚を撮れた時は本当に嬉しかった。被写体(フォトウォークでご一緒した写友さん)の方の服、日傘、ロケーション、光の差し方。全てがベストな状態だった上に、このズマレックスの甘美な写り。思わずうっとりとしてしまう。
ピクトリアリズムという絵画的写真表現を追求した文化が1890年〜1900年ごろ存在していたが、このレンズの描写も当に絵画のような写り方だと思う。
このレンズの設計者であるマックス・ベレークは、作為的にこの美しい収差を残したのではなかろうか…? 元々f2の設計だったレンズをf1.5にまで拡張し、明るさを優先して少々の滲みや収差は許容するという設計にわざとしていた、としたら…。妄想は尽きない。(笑)
色がビビットに出てくるM9系CCDボディとの相性も素晴らしい。
撮影時、左側からの日差しが強かった為ハイライト部に大きく滲みが生じている。しかし、髪や布の質感をみてみるとかなり細かく合焦していることがわかる。元々かなり細やかに描写できるレンズであり、光の加減で滲み感が大きく変化する。表現の幅が非常に広いため、使う度に新たな表情を魅せてくれるとっても愉しいレンズである。
中望遠レンズだと被写体と適度な距離を取ることが出来る為、撮られる側にあまり威圧感を与えずにすむのではないかと思っている。
私的には、目線を貰った写真よりも、撮影される事を意識していない表情、横顔、後ろ姿に惹かれる為、目立つことなく撮影できるのがベストなのだと、この記事を書いていて改めて思った。
ズマレックスは非常に大きく重く、ヘリコイドを回すのも大変なくらい常用するのはしんどい(笑)レンズである。
でもこの大きな瞳が写し取ってくれる世界を想像すると、使わずにはいられない。そして撮影する度に、こちらの予想を遥かに上回る素敵な一枚を切り取ってくれる。そんな愛おしい一本なのだ。
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