いかなる楽器や楽曲も人の声の魅力には敵わない
カリフォルニア・オレンジカウンティ出身のロックバンドDayseekerが2019年に"Sleeptalk"というアルバムを発表した。表題曲でMVも制作されている"Sleeptalk"を初めてYouTubeで視聴した時、2019年前後に起こった出来事を将来この曲を聴く度に思い出すのだろうと感じた。アルバム全体の完成度も非常に高かった。ここ数年で聴いた全てのロックアルバムの中でベストだと当時も感じたし、2022年の現在でもその感想は変わっていない。いわゆる「捨て曲」がなく、どこかのラジオDJの表現を拝借すれば「メインディッシュばかりで食べにくい」と形容することもできる。ヘヴィーなものからバラードまで曲調は綿密に書き分けられているのだが、なにせそんなことは関係なくなってしまうくらい常にボーカルが圧倒的なのである。稲葉浩志や椎名林檎に対してしばしば最良の意味で使われる「全部同じに聴こえる」という表現が流用できるだろう。ある種の歌手達はゲストボーカルになることができず、フィーチャリングされただけの曲でも彼らのものにしてしまう。いかなる楽器や楽曲も人の声の魅力には敵わないと、僕は個人的に考えている。
Dayseekerが2013年に出した最初のアルバムのCDを、当時大学生だった僕はAmazonのマーケットプレイスで個人輸入した。正直なところ、二回くらいは通して聴いたもののあまりピンとこなかった。当時のDayseekerに対する個人的な評価は「曲は微妙だけどボーカルが良いから聴けてしまえるバンド」といったところだった。そしてその後にリリースされた二枚のアルバムは、数枚のシングルを聴いたくらいで全体を通してはチェックしていなかった。
しかし"Sleeptalk"で全てが変わった。これといって特徴のなかったメタルコアサウンドは、ボーカルを全力で立てる方向性へとシフトされていた。「売れ筋に走った」というようなありきたりな批判が入る隙間のないほどポップさとヘヴィネスが渾然一体となり、楽曲全体が二段階くらい洗練された印象を受けた。そして繰り返しになるが、このような評論家気取りの考察なんてどうでもよくなるくらいボーカルがただシンプルに「良い」のだ。Johnny Craigに端を発してTyler CarterやTilian Pearsonへと継がれていった(そして現在は半ば途絶えたかのようにも見える)R&BやSoulのエッセンスを持ったロックシンガーの筆頭に、DayseekerのRory Rodriguezは間違いなくいるだろう。
さらに、彼らのライブのクオリティは非常に高い。ニッケルバックも真っ青の音源再現率で、YouTubeにアップされている素人撮影のものも含めた全ての動画の中から聴くに堪えないものを見つけるのは困難である。音源では声がクロスオーバーしている箇所などをギタリストやベーシストがサポートで歌うのだけど、これがまた上手いのである。メインボーカルが規格外のために二番手に甘んじているだけで、いわば全盛期のロニー・コールマンに対するジェイ・カトラー的な哀愁が漂っていると言えなくもない。いや、まあさすがにそれは大袈裟だけど。
2019年当時、僕は"Sleeptalk"をSpotifyで聴いたのが申し訳なくなり、グッズでも買おうかと彼らのホームページをチェックした。するとDayseekerはツアー中に機材車の盗難に遭っており、車そのものに加えてギターやアンプなどの機材も全て失っていた。傑作アルバムをリリースしたばかりのバンドに対して神は酷い仕打ちをするものである。彼らはクラウドファンディングで募金を呼びかけていたので、僕はささやかながら十ドルを寄付した。後にも先にも募金なんてしたことはない。
そしてつい先日、Dayseekerは2022年11月4日に待望のニューアルバム"Dark Sun"をリリースすると発表した。僕はこのアルバムをあまり聴きたいと思っていない。おそらく、未だにBetter Call Soulの最終シーズンの最終話を見れていないのと同じ理由からである。