律儀に十八歳の誕生日を迎えてからAVを見始める男
高校二年生くらいの時、仲間内でギャンブル系漫画の『カイジ』が流行った。誰かのロッカーが書庫と化し、休み時間にはみんなで回し読みしたりトランプや麻雀をやったりした。そしてなぜかはよく思い出せないのだけれど、作中で有名な「金は命より重い」というフレーズを紙に大きく書き出し、よく使う男子トイレの個室のドアの内側に貼っておいた。まあただの愚かな高校生のノリである。その張り紙はいつしか失くなっており、数日後に生徒指導室の壁に保管というか掲示されているのに誰かが気付いた。犯人探しをされたり特に問題にもならなかったのだが、あのシュールな光景は未だにふとした瞬間にランダムに思い出す。
今振り返ると「お金が全てではない」というような言わば綺麗事を推進・促進するようなティーン向けの王道の少年漫画や映画、あるいはゲームなんかに対する懐疑心や反発みたいなものが高校生の時に既にあったことになる。勿論、仲間内には週刊少年ジャンプの人気漫画も同時に読んでいる奴も居た。しかし『カイジ』のようにもう少し上の年齢層に向けられた青年漫画なんかを嗜んでいる方が、なんとなく大人っぽくて格好良いことだと見做されている空気が漂っていた。律儀に十八歳の誕生日を迎えてからAVを見始める男がいないように、少年は背伸びしながら成長するものである。
そんな訳でということもないのかもしれないが「金」については、昔からわりとシビアに考えてきた方だという自覚がある。ギャンブルに関しては競馬や競輪はおろかパチンコすらやったことがないし、大学時代から支払いにはクレジットカードを使ってきた。卒業後は金融機関で外務員を務め、日々の出費についてはアプリでかなり細かく家計簿をつけて管理していた。
そして、おそらくそれらの反動だと思うのだけれど、現在では「金」よりも「時間」を重んじている傾向がある。旅行や趣味なんかの経験に投資したいという想いがまだまだあり、皮肉にも今になって「お金が全てではない」という考え方が強まっているのだ。ある程度年齢を重ねたことで、周囲の人間は住宅ローンなり養育費などに対して切実かつ現実的にならざるを得ない状況に置かれている一方、独身の男なんて生き物は地上に留まっていられないくらい身軽なものである。さすがに宇宙に行くつもりは今のところないけれど、海外くらいなら全然いつでも行ける。
異なるライフステージにいる人間と自分を比べる意味もないので普段は全く考えないのだけれど、それだとあまりにも独善的かつ自己中心的になり過ぎる気もするので、たまに自らを戒めるように昔の知り合いに会ったり懐かしいメンバーの飲み会に参加したりする。最後に会ったタイミングから時間が経てば経つほど価値観の乖離は著しくなっているので、普通に楽しい。