反射的に顔を上げるとバッチリと視線が合った
高校は自転車で通学していた。その朝もいつものように学校へ向かっていると、前方に別の高校の制服を着た女の子二人が同じ進行方向に自転車を漕いでいた。彼女達は横並びで喋りながら進んでおり、道幅が狭かったので追い越すこともできず、僕はある程度の距離をとって後ろを走った。信号待ちで彼女達が止まると、僕も止まった。すると片方の女の子が軽く振り返ってこちらを見た。彼女はもう一方の子に話し掛け、今度は二人が同時に僕へと視線を向けた。後から振り返った方の子は首を横に振り、彼女達は笑いながら前に向き直った。僕は学校に到着してから、男友達にこの出来事をすぐに話した。「最初の子はお前のことアリだと思ったんだよ」と彼は言った。
先日、近所のスーパーマーケットのベーカリーコーナーへ惣菜パンを買いに行った。僕はそこの常連で、小麦粉の禁断症状が出ている時には週三くらいで通っている。売り場と厨房を隔てる壁の上部はガラス張りになっており、そこから中の様子を伺える。僕がパンを選んでいる時、ガラスの向こう側で制服のおばさん二人がこちらを眺めているのが視界の端に映った。反射的に顔を上げるとバッチリと視線が合った。中の二人は驚いたように向き合い、マスクをしているのに口を抑えながら笑い、そして作業へと戻った。自分が確実にそのベーカリーのスタッフ達に認識されているのが分かった。なんなら変なあだ名でもつけられているのだろう。
数日前、駅でバスを待っていた。杖をついたお爺さんが先頭で、僕は二番目だった。バスが到着して扉が開くと、お爺さんはかなりゆっくりと覚束ない足取りで乗車しようとした。案の定、態勢を崩して転びそうになったので、僕は咄嗟に体を支えた。「ああ、すいませんねえ」と言いながら、彼はなかなかバランスを上手く取れなかった。僕が手伝っている間に後ろに並んでいた他の人達はどんどんバスに乗り込んでいった。そのうちに運転手が助けにやってきて、僕達は二人がかりでお爺さんをなんとか乗車させた。それが終わるまで最後まで乗車せずに待っていた女の子が二人居た。多分、そのバスが停まる女子大の学生だろう。僕がようやく席に着くと、彼女達はその目の前の席に座った。バスに十五分ほど揺られてから目的の停留所に着いて僕が立ち上がると、女の子達は振り返ってこちらに会釈をした。
数年前、東京に住んでいた頃にも駅で倒れそうになっているお爺さんを助けたし、深夜に道端で派手に転んで動けなくなったお爺さんを助けたこともある。しかし、お婆さんを助けたことは一度もない。女性は強い。