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〈Plankton〉

 ひと目見たときから、この関係がどうなるかなんて見えていた。だから、悲しかった。出会ったことが間違いなのは、間違いなかった。

 頭の先から胸元まで、美しい少女の形をしている。でもその先。人間ならば、本来手足があるべき場所は細かく枝分かれして、長い髪と見分けるのが難しい程だ。そして、その姿は全体的に透けている。水に溶けて、なくなりそうな姿。
 暗い地下に作ったひとつの部屋ほどの大きさがある、彼女のための水槽。その前で立ち尽くす。

「君の毒を、利用したくなんてなかったんだけどな。僕の金づるは殺人にご執心だ。でも安心して欲しい。使ったのは君の毒を模倣した僕の毒だ。君ほど上手には作れなかったけれど、殺人には十分足りた。……本物ならどれほどなんだろうな……」

 独り言にも語り掛けにもならない。椅子に腰掛ける。ふたりの間にある、一枚の描きかけの絵。何度描いたって、彼女の美しさを全て表現できない。毒も。
 彼女の紛い物しか作り出せない。いや、別に彼女と同じものを作りたい訳じゃない。

 ただ、触れられる彼女が欲しい。そのために毒を研究し尽くした。それで分かったのは、人体では彼女の毒にどうにも対抗できないということだった。彼女に触れたいならば、この命をなげうつしかない。

 絵に描き写そうと言葉で言い表そうと足りない。得意なはずの毒ですら、完全に再現できなかった。何が足りないんだか分からない。きっと才能がない。それはもう、いい。

「子供の頃、ジェリーフィッシュという言葉を、ジュエリーフィッシュと聞き間違えた。馬鹿だからね。この世にはきっと、宝石のように美しい魚がいるんだろうな、なんて思ったんだ。自分の妄想した、架空の魚に惹かれた訳だけど」

 半透明のまぶたが震えた。うっすらと見える、その先にある宝石。妄想なんかを凌駕する、美しい生き物が目の前で生きている。

「君に触れられるのなら、もう何でもいいんだ。僕が死ぬのだってどうだっていい。最初からそう思っている。でもね、僕が死んだあとの君を思うと、死にきれない。誰の手にも汚されたくないし、君の毒を汚したくない。君が殺す相手は僕だけでいいだろう?」

 開かれた瞳は、淡く青く光る。薄暗い水槽の中で、その眼は際立って存在感を放つ。触手が白く煌めく。

「おはよう、僕の愛しいひと」

 頬が勝手に笑むのを止められない。彼女の無感情な瞳に、ただ愛だけ映ってほしい。
 立ち上がって、冷たい水槽に触れる。

「君がもし、クラゲのような体ではなかったのなら。僕は君を燃やしてその骨をダイヤモンドにしただろう。そうすれば肌身離さず一緒にいられる」

 人間の骨は二、三年で代謝して、入れ替わる。生物を構成する原子なんて、一時のものでしかない。それを結晶させ固定したところで、ただの宝石にしかならない。

「ただの宝石でいいんだ。君より尊いものはこの世にない。君の肉体を、一時でも支えた物質には価値がある。僕だけ分かっていれば、それでいいんだ」

 携帯電話が鳴る。彼女に背を向けて通話ボタンを押すと、仕事の話が耳を通り抜けた。
 正義とか悪とか、どうでもいい。どちらかが潰れるまで殺し合う。やってることは結局同じじゃないか。
 彼女を独り占めして生かすのには、とにかく金が必要だった。そのために何でもしたけれど、それにももううんざりしていた。

「悪いけど、ダンスの時間なんだ。切るよ」

 一通り聞き流して、携帯電話を捨てた。代わりにポケットから爆破装置のスイッチを取り出して、そのタイマーを開始させる。
 彼女の毒は即効性なので、触手に触れればすぐに死ぬ。その頃には、この屋敷を何もかも壊して燃やして、灰にしてくれるはずだ。



 僕の生む炎を、仕事仲間はよく褒めてくれた。だからこれで君を殺したい。

「最初から、一緒に生きられるなんて思っていなかったよ。文字通り住む世界が違うのだから」

 最期の独り言を吐いて、水槽に飛び込んだ。
 ダンスをするような余命など、残されないことは分かっていた。でも僕はそのつもりで、恭しくその手を取ったんだ。


















Twitterにて#私が悪役だったらありそうな設定をフォロワーさんが引用リツイートでイメージ言ってくれるかもしれない というハッシュタグで頂いたネタを使わせていただきました。
ネタをくださったみなさまありがとうございました!
拙作ですみません!!

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