見出し画像

日記/知らない町日記

2月晴れの日

スーパー銭湯に行きたい欲。
急にやってきたその欲を大事にしてみようと、適当に調べていけそうなやつを選んだ。
名前はぼんやりわかるけど、行ったことのない駅からさらに行ったことのない駅で降りて歩くとあるらしい。
やってきた電車に乗り込む。
ぴかぴかの休日の昼間なのに、私とあとふたりぐらいしか乗っていなくてあれ?となったけど、目的の駅に降りると、1時間に2本ぐらいしかないようで、なるほど&なんだか懐かしい気持ちになる。

地図のアプリを立ちあげて、こっちだ!と思う方向に歩いたら真逆だった。
これを毎回やるので、こっちだ!と思った方向じゃない方向に行ってみたりするけど、その時は最初のこっちだ!があっていたりもするので、なんともならない。
町は、ぴかぴかの休日の昼間なのに、歩いている人がほとんどいない。
進んでいくと、落書きされてない壁やシャッターもほとんどないなと気づいた。
よくこんな隙間に!とか、よくこんな高いところに!描いたなあとか、貼ったなあ、と見るものがいっぱいすぎる。
そっときょろきょろしながらいくと、目的地寸前の角を曲がる前に、空き地があるのに気がついた。
ぐしゃぐしゃで切れ切れのフェンスの向こうには、前や横や後ろがぐしゃぐしゃになった、白や黒の車たちがきちんと並んでいた。
すごく喋りそうな車や、無口そうな車がいて面白いな、と、思ったあたりで目的地についた。
木の板が鍵になっているロッカーに靴を入れて、中に入る。

受付すぐ横のテーブルでは、ほかほかになった人たちがでっかいジョッキでビールなんかを飲んでいて、いいなあと言ってしまいそうになった。
そこを通り抜けると、湯、ののれんがぽん、とかかっている。
のれんをくぐると急に人がわりといて、うれしくなる。
先にロッカーにいろいろ入れた知らない人が、「この上、あいてるよ!」と教えてくれたのでそこにした。
お風呂はちいさめだけれど天井が高くて、おおきな窓がついているので、気持ちが上の方にのびて気持ちいい。
すっごく熱いの、ふつうに熱いの、ちいさい露天、を、ぜんぶ堪能して、露天のとなりの椅子に座って休憩する。
頭のてっぺんからつま先まで、すみずみまで風があたってものすごくしあわせになる。
これを何セットかやっているうちに、人がだんだんいなくなってきた。
プラスチックの赤いたらい、黄色いたらいが目の前に積まれていく。
満足しきって脱衣所に戻ると、帰ろうとしていた知らない人と目があった。
その人はこちらに向きなおり、にっこりわらって、「お先にねえ」とおじきをしてから去っていった。
私もわらっておじぎを返して、20円3分のドライヤー(ものすごく強風でありがたい)で髪を乾かしてから、ビールは飲まずに帰った。

2月また晴れの日

白子のカレーがあるらしい。
帰り道にSNSで見かけて、すごく食べてみたい欲がやってきた。
この欲も大事にしてみようと思い、乗っていた電車を降りずにそのままゆられていった。
神戸までこんなに簡単に来られるようになるなんて、ぜんぜん想像していなかったなと思う。
みんなで車に乗って、映画を観たり、しょうもない大切な話をしながら、わあわあぐうぐう何時間もかけて向かっていた記憶の方がまだ濃い。
降りた駅からパチンコ屋さんの方に向かって、商店街をちょっといって曲がると、すぐ見えてくるお店、ドミロンさん。
中に入って悩んで、でもやっぱりあいがけカレーを頼むと、すぐにいい匂いがしてくる。
先月食べた時は鯖カレーで、それもとてもおいしかった。
はじめて食べる白子カレーは甘くて旨みがぶわっとなってとろとろでびっくりする。
頭のなかがおいしい…に支配されて、飲むようにカレーを食べてしまう。
となりに盛られたキーマカレーも、一口食べるともう一口食べたくなるので、もうとまらない。
食べおわる数口前に、もうなくなってしまう…という悲しみにかられて、そこからはスプーンがちょっとゆっくりになった。
たいらげてうっとりしていると、黄金糖をふたつもらってさらにしあわせになる。お店の2周年記念だそうだ。
気温はあたたかいのに、身体の奥が変にぎゅっとなっていた日だったけれど、カレーで完全にほぐれてふわーっとなったまま、お店を出た。

黄金糖をひとつ舐めながら、近くをぐるっと散歩してみる。
公園では、ふわふわの中ぐらいの犬と、かなりちいさい犬をつれたふたりが、お互いの犬が草を食べるかどうかで議論していた。
私といっしょにいた犬は、草もあけびも栗も食べてましたよ、と心の中でつぶやいて通り過ぎた。
公園の壁には、お花の細かいタイルの絵がずらっと並んでいる。
商店街のアーケードや、お店の看板のデザインが昔ながらのパキッとさがあっていい感じだ。
古本屋さんの100円コーナーにひきよせられてしまってしばらく見つめていた。
電話で喧嘩をしている人とすれ違ったあとに、楽器らしきものを背負って鼻歌を歌っている自転車の人ともすれ違う。
「やっぱ寒くなってきましたね」「さっきのラーメンにしとくか」という会話が背中で聞こえて、私も引き返そうかなあと思う。
知らない町はまっすぐ進むだけでたのしくて、曲がるともっと面白い。
だから、引きかえそうと思ったタイミングでそうした方がいい。
身体はぜんぜんまだあたたかかった。
ポケットの中の残りの黄金糖を口に入れてから、たぶんこっちだった気がする駅の方を目指して歩いた。


20240212

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?