【2023年の昇給|後編】データの正しい活かし方とあるべき報酬のバランス
前回は、給与情報に関する間違った情報や実際のデータ、更には今後更に強まる給与レンジの重要性などに関してまとめましたが、今回はそういった給与データをどのように活用すべきか、また給与を含めた報酬バランスについて考察していきます。
▼【2023年の昇給|前編】を読む▼
1. データの参考の仕方と昇給
昇給を考える上で給与データを入手する事は重要ですが、正しいデータを入手したとしても、その数字を正しく理解し、適切に用いなければ結局意味はありません。一般的な傾向として、在米日系企業はアメリカにある一般的な雇用主よりも基本給が低く設定されているという背景がありますが、その状況で入手したデータを見ても「自社組織の金額設定は市場よりも低い」事が分かるだけです。
また、多くの場合、自社組織の給与をその水準まで引き上げる事ができないため、そういったデータの見方をしても、大して活用できない結果に終わってしまう事が容易に想像できます。
では、入手したデータをどの様に活用したら良いのかと言いますと、方法としてはいくつかあり、それは雇用主によって異なります。主要な考え方の一つとしては、端的に表現すると「給与支給額を市場水準まで引き上げるべき重要なポジション」と、「そうでは無いポジション」を分けるといった事が挙げられます。
例えば、引く手数多の機械エンジニアなどは求人も多く、その中で今よりも待遇の良い雇用主がある可能性も大いに考えられるため、自社組織が他の雇用主と比べて給与水準が大幅に低かった場合には、すぐに転職されてしまう可能性があります。
そのため、そういったポジションに対しては、常に市場価値を意識した給与設定にする必要がありますが、一方で、比較的流動性が高くないポジション、仮に総務系などの職務が当てはまるとすると、恐らく機械エンジニア程には他の雇用主の傾向を気にする必要が無いと考えられます。
もう一つの考え方として、「報酬パッケージで考える」という考え方が挙げられます。在米日系企業の皆さまの所では、先述の通り、基本給はアメリカの一般的な雇用主よりも低い水準にある一方で、医療保険に関しては、「プラン内容がアメリカの一般的な雇用主よりも良い」、そして「保険料の個人負担率が低い」といったケースが多くあり、その特徴を活かす形で雇用戦略を考える事もできます。
ちなみに、アメリカにおける「報酬パッケージ」、つまり従業員の待遇は「給与(Compensation)」だけでは無く、各種保険やリタイアメントプランなどの「ベネフィット(Benefit)」、を始め、教育環境(Development)、働き方(Work-Life Balance)などを含めたTotal Reward(総報酬)で考える必要があります。
特徴を活かすという部分では、「求められる報酬バランスは対象によって異なる」という事を念頭に、例えば大学新卒者などの年代は医療保険への関心は低く、より給与や経験/教育を重視する一方で、キャリアの中盤や後半に差し掛かるベテラン勢の年代は、業務の安定性や医療保険に関心が高い、などといった傾向があるとすると、皆さまの所の「報酬パッケージ」の特徴を活かし、採用する人材を、例えば「比較的長い勤続年数が見込める年代を中心に考える」などといった事も考えれます。
逆に、その報酬パッケージで大学新卒者などの年代の雇用やリテンションは難しいかもしれません。いずれにせよ、「報酬パッケージ」が皆さまの組織に必要な人材に向けた内容である事が望まれるため、給与(Compensation)だけでなく、Total Reward(総報酬)をしっかりと考える必要があります。
▶従業員の報酬の種類とデータを知る!Total Rewardsにご関心のある方はこちら◀
フォーカスを給与に戻しますと、「基本給の設定や昇給」に関しては、給与調査などで得たデータをそのまま皆さまの組織に取り入れる事は難しく、そういった「外的要因」に加え、皆さまの所のお財布事情や日本本社の事情、また基本的に解雇しない文化・・・などといった「内的要因」を踏まえて自社組織の給与レンジやその上限を設定する必要があります。
また、昇給に関しては、一般的には「現在支給されている給与額」に対する「市場給与相場との乖離(Compa-Ratio)」を考慮する事に加え、対象ポジションが仮に一定の昇給を続けた際に「どの時点でレンジの上限に到達してしまうのか」といった事を考える事が重要です。
さらに、その「上限に到達するまでの期間」に関しては、対象ポジションの「リテンション・サイクル (退職までの一般的な期間)」や「各年代の平均勤続年数」などを念頭に置く事がポイントとなります。例えば、大学新卒者などのエントリーレベルが主となるポジションではリテンション・サイクルは短く見込む事や、ある程度の職歴があるレベルに対しては多少長い雇用を見込むなどといった考え方になります。
2. アメリカにおける従業員の待遇 = Total Rewards
先にも挙がった、従業員の待遇である「総報酬(Total Rewards)」とはどういった要素が含まれるのかを更に細かく見て行きましょう。このTotal Rewards構成する要素としては、報酬(Compensation)、福利厚生(Benefit)、幸福と健康(Well-Being)、認知(Recognition)、育成(Development)があります。(*図を参照)
一般に、在米日系企業の皆さまの所で「従業員の待遇」を考える際、基本給・ボーナス・医療保険の3点がフォーカスされる事が多く、他の要素に関する取り組みが比較的少ない傾向が見られます。これは恐らく、日本にはボーナスと保険の支給義務があるために、これらは報酬戦略というよりも、「労務管理手続きの一環」といったイメージがあるからだと推察されます。
アメリカでは、ボーナスや医療保険も報酬戦略の一環であり、そのため内容も各社それぞれとなります。ボーナス一つとっても支給の有無や金額の決め方などが細かく設定される事もあり、医療保険に関しても保険のグレードや企業の保険料負担率などが細かく考えられています。また、近年更に重要性を増しているのが報酬(Compensation)と福利厚生(Benefit)以外の部分で、特に採用やリテンションには欠かせない重要な要素となっています。
それらの要素としては、先述の通り、幸福と健康(Well-Being)、認知(Recognition)、育成(Development)があり、具体的にはフレックスタイム・在宅勤務、人事評価・フィードバック、昇進機会・研修制度などがあります。最近は特に幸福と健康(Well-Being)が重要視されている傾向があり、その中でもWork Flexibility(就労の柔軟性)やWellness Benefit(健康維持のためのベネフィット)が注目されています。
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3. 皆さまが今すべき事
その様な中、皆さまの所ではどの様な事を行なう事が推奨されるのでしょうか。昇給に向けて、またリテンションやモチベーションの向上を考える上で重要となるものをリストアップしてみました。
給与調査の実施:市場と業界の給与基準に関する詳細な調査を行い、競争力のある給与水準を把握する。▶正しい市場相場を知る事は必須!給与調査にご関心のある方はこちら◀
自社内の給与レンジの制定/アップデート:組織内の異なる役職や職務に対して適切な給与レンジを設定し、給与調査の結果などを基に定期的に更新する。
昇給スキームの制定:従業員の業績や貢献度に基づく公正かつ透明な昇給スキームを策定する。
昇給シミュレーションの実施:様々なシナリオに基づいて昇給の影響をシミュレーションし、計画を最適化する。
キャリアパスと昇進機会:従業員のキャリア成長と昇進機会を考慮し、それに応じた給与体系を設計する。
ベネフィットと総報酬:給与以外の福利厚生やボーナス、退職金などの総報酬パッケージを充実させる。
内部公平性の確保:同じ役職や業務に従事する従業員間で公平な給与体系を保持する。
従業員の満足度とエンゲージメント:給与改定が従業員のモチベーションや企業への忠誠心に与える影響を評価する。
多様性と包摂:多様性を重視し、性別、人種、民族などによる給与の偏りがないかを検証する。
法的規制とコンプライアンス:アメリカの労働法や給与に関する規制を遵守する。
この総報酬(Total Rewards)もHRの領域の一つであり、「HRだから、誰でもできる」訳ではありません。また、その領域の中でも給与戦略(Compensation Strategy)や報酬とウェルビーイング(Rewards and Well-Being)などといった専門性が必要になり、こういった領域の戦略は、その専門性の知識と経験を基に設計するものとなります。
そのため、自社組織内にその領域の専門性や経験が無い、あるいは不足している場合は、外部にそのリソースを求められる事が推奨されます。適切な昇給、良い総報酬の戦略、ひいては働きやすく生産性の高い組織を作り上げるために、皆さまの組織のHRの役割や戦略、そしてその重要性に関して今一度見直されてみてはいかがでしょうか。
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