4だったかな…5かも

夕飯の買い物に出たら、なぜか珍しい渋滞がおきてたので、方向転換して普段あまり行かないスーパーへ。綺麗なお肉が売りのスーパーだから、値段設定がお高いので…ウチは量が必要なので…国産にはあまり拘らないので、本当に滅多に行かないのだけれど。タイミングで、いつもは高嶺の花の牛タンが半額表示。迷わず買い占めましたよね。

この店は、祖父が運転する車で祖母と買い物によく来ていた。祖父宅には私からみた伯父が一人いて、伯父が大黒柱となって私を含めた四人家族を養ってくれていた。

今だから分かる。年老いた両親と、気付けば妹が置いて出て行った姪。そりゃあ婚期も逃すし、有り余る体力も萎えるというもの。多分、自分自身の人生を生きるのは、ある時、諦めた。とかじゃないだろうか。今でも、伯父は独り身である。

平日はパートに出ていた祖母を、土日に少し遠いスーパーだとかあんまり足が向かない店に連れて行くのが、祖父の優しさだったと思う。祖母は普段、祖父に合わせて魚をよく料理したが、週末はきっと伯父のためにお肉を選んでいたのだと思う。伯父は、病気で味覚が変わりやすい祖母の料理を文句も言わず、いつもきれいに完食した。私が米粒を残したら注意してくれたり、鯛でも骨一つ残さない祖父に代わり魚の食べ方も教えてくれた。野菜の大切さも説いてくれた記憶がある。いつしか私は祖母の手伝いのつもりで作る側へと回るのだが、祖父も伯父も慣れ親しんだ祖母の味が好きだったようだ。

祖父が亡くなり、祖母も逝き、子どもの多い我が家に伯父が時折り夕飯を食べにくるようになってもう20年近くなるだろうか。その時は、気を付けていりこ出汁を使うようにしている。私が苦手だったほうれん草の白和えを、やっぱりしっかり見ておくべきだったと…何度となく後悔する。

それから今では、伯父の食べ方もずいぶん雑になった。多分あれはおおちゃくでも何でもなく、老いなんだと思う。生き死にの心配まではなくとも、もう既に何度か病気もしているし、怪我も増えた。仕事は辞めずにボチボチつづけているけれど、きっとそれが伯父にかかった呪いなんだろう。

可愛い姪が、手のかかる妹とその旦那を引き取って暮らしている。ハラハラして見ていられないんだと思う。自分に手伝えることは、長く元気でいることと、少しでもお金を残すこと。何かから、そう迫られているんだと感じていることだろう。早く安心してもらいたいものだけれど、何となく私の子どもや孫の成長も楽しみに思ってくれている様子も見てとれる。私の心配ではなく、子孫の未来ある心配にシフトしてくれたらと願うところ。

この人の周りは、いつも思いやりが連鎖する。ただ、祖母の代わりに少々近付いてきたかなと思える、この頃。気付いたのは、伯父さん、何も決めん。全部、受け身というか…ひたすら流されるだけ。行き着いたところで何かあっても良いように、淡々と日々確実に誠実に生きるだけ。なるほど。ここから何か見えてくるのかもしれないと、書いておく。

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