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インタビュー、今昔物語

新型コロナウイルスの影響で、自転車レースの会場で見る景色も様変わりすることになった。

その昔、選手の個別コメントが欲しいときは、その選手のチームバスに近づいてインタビューのチャンスを伺うか、あるいは出走前のサイン台の下でたくさんのカメラマンをかき分けながら選手に近づき、インタビューを決行する必要があった。

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しかし、人との接触が感染の最も危険な要素となる新型コロナが流行したことより、PCR検査をしたメディア関係者といえども、レース会場では選手との接触がかなり制限されることになった。

まず、レースオーガナイザーが指定した一部のオフィシャル・カメラマン以外の人が、チームバスの駐車場に入ることは許されなくなった。また、サイン台の前で写真を取るカメラマンの立ち位置や動きも、レースオーガナイザーがしっかりとコントロールする。

もちろん、こうした対策はすべて選手とメディア関係者の接触を最低限にすることで、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐためのものである。

とはいえ、メディアによっては、選手にインタビューをしたいメディアというのも存在する。そんなマスコミのために、自転車レースの会場でも、MIXゾーンが設定されるようになった。

スペインの大半の自転車レースでは、MIXゾーンは次のように機能している。

①レース当日にMIXゾーン担当のスタッフに、メディア側が「今日は〇〇選手と△△選手にインタビューしたいです」と口頭で申請する。

②サイン台に各チームが現れた時にMIXゾーンにスタッフが、メディアからインタビュー申請のあった選手をMIXゾーンに連れてくる。

③MIXゾーンで選手とメディアが顔を合わせて、インタビューがスタート。

実はこのMIXゾーン制度、自転車レースの世界で長年活動してきたベテラン記者の間では案外評判が悪い。「チームバスの駐車場で、監督やチームスタッフなんかと、いろんな話ができるほうがいいよね」という意見が大半である。

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ベテラン記者の意見も、一理あるとは思う。しかし、同時に私自身はこのMIXゾーン制度の利点も感じている。

まず、MIXゾーンにいるスタッフのおかげで、インタビューしたい選手ほぼ全員に話を聞くことができるようになった。というのも、かつてサイン台やチームバスの近くで取材していたときには、一人の選手にインタビューしている間に他の選手を呼び止めてインタビューをお願いすることなんて、まず不可能だった。しかし、現在のMIXゾーンでは、大会スタッフが選手を連れてきてくれるため、短い時間で多くの選手にインタビューできるようになっている。

実は私が感じているMIXゾーンの利点が、もう一つある。それは、「他の記者がインタビューしている様子を、目の前で見ることができる」ことである。

ブエルタ・エスパーニャのような大レースのMIXゾーンにいる記者は、ロードレースはもちろんジャーナリズムもよく知る大ベテランである。そんな彼らがMIXゾーンで選手たちに取材している様子を直接見ることができるのは、外国語(主にスペイン語)でインタビューすることの多い自分にとって、かなり貴重な機会なのである。

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上の写真は2021年のブエルタ・エスパーニャで撮影したもの。向かって右側の男性はRTVE(スペイン国営TV放送)のベテラン記者であるファン・カルロス・ガルシア氏。彼のインタビューをブエルタ・エスパーニャの初日のMIXゾーンで見る機会があった。

インタビュー相手は人気者のアンヘル・マドラゾ選手(Burgos BH)、そしてこの日のレースの舞台は彼のチームの地元であるブルゴス。そんな状況で、ガルシア氏がマドラゾ選手にした質問は、本当に短いものだった。

"La salida de Burgos: ¿Orgullo o presión?"

「チームの地元のブルゴスからブエルタ・エスパーニャがスタートすることを誇りに思うかい。それともプレッシャーを感じてる?」

これだけだった。

このガリシア氏の質問に対し、マドラゾ選手は「誇りもプレッシャーも両方感じてます」と応えてから、このブエルタ・エスパーニャへの意気込みを少々時間をかけて話していた。

インタビューの質問は短くて完結。それでいて、インタビュー相手の思いを十分に聞き出したベテラン記者の腕前に、後ろでこっそりその様子を覗いて私は「キャリアの違い」という言葉の意味を、思い知らされたのである。








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