龍虎相打たない
散歩。散歩。空中を散歩。今日は、空も晴れ渡り、気持ちがいい。僕の鱗が日差しを浴びて、きらきらと輝いている。
僕は龍。ギョロ目に長い髭。長い胴体。手には、七色の宝玉。雨を降らせ、雷を呼ぶ。空を飛び、海を統べ、竜穴という地中に穿たれた穴を自由に行き来することができる。
「おーい、龍くーん。」
荒々しい岩のてっぺんに、虎くんがいた。黄色と黒の縞模様。ピンとたった尻尾。凛々しい目の輝き。
流石、あらゆる獣の長である虎くんだ。王者としての風格が、漂っている。虎くんは、風を操ることもできるのだ。
僕は虎くんの近くまで、下降する。
「龍くん、散歩かい?」
「そうなんだ。あまりにも気持ちいい天気だからさ。虎くんは?」
「俺?俺はトレーニングさ。今朝は、ユーラシア大陸を、端から端まで走ってきたよ。」
「…元気だね。」
「そう?東の端と西の端でさ、金の林檎と銀の林檎とってきたんだ。龍くんにあげるよ。どっち食べる?」
虎くんは、なかなか優しいのだ。金の林檎も銀の林檎も光を受けてキラキラ輝いている。
「食べるの、勿体ないぐらい綺麗だねえ。…うーん、じゃあ銀の林檎!」
「じゃあ、俺、金の林檎もらうわ。」
虎くんと僕は、気持ちいい光と風を浴びながら林檎を食べる。
「虎くん、おいしいよ。ありがとう。」
「喜んでくれて、うれしいよ。」
あれ?背中の後ろの方というか、尻尾の方というか、その辺が、急に痒くなってきた。…届かない。掻けないとわかると、余計に気になるし、我慢できなくなってきた。僕は、掻きたくて掻きたくてたまらなくなってきた。
おや、今までニコニコしてた龍くんが、頭を後ろに向けて、右に左に、グルグル回りだしたぞ。どうしたんだ?
「龍くん、どうしたんだい?」
「痒くて痒くてたまらないんだけど、届かないんだよ。」
ギョロ目の龍くんだから、憤怒の表情に見えるが、違う。心の底から、困っているのだ。
「痒いよぉ。」
あ、龍くんの気持ちが昂ってきた。やばいぞ。ゴロゴロ遠くから、雷が鳴っている。
「わかった。俺が掻いてやるから。」
俺は、龍くんの背中?尻尾?に飛び乗った。口をあぐっと開けて、ざりざりと噛んで掻いてやる。
「ううん、そこじゃない。もっと上。」
「ここか?」
「違う。もうちょっと左。」
龍くんは、とても大きいから、なかなか痒い部分が見つからない。痒さとまだるっこさがあるのか、龍くんの感情がますます昂まってきた。あ、雨が降ってきたぞ。
「違う!そこじゃない。」
龍くんは、激しく左右に体をうねらせた。俺は振り落とされそうになる。龍くんは、焦る。
「ご、ごめんなさい。僕、僕…。」
泣き出しちゃったよ。あ、黒雲がわきあがってきた。雷が轟き、豪雨で前が見えない。まずい。雲を切らなければ、何も見えない。仕方ないなぁ。俺は、咆哮する。強い風が吹いた。
その時だ。
下界の村々にいた、人間達が、俺らを指差して叫んでいる。
「大変だ!龍と虎が戦っている。」
「だから、こんな大嵐が!」
「どうか、争いはやめてくれ。」
ち、違う…。違うが、それどころじゃない。俺は、一段と大きな声で吠える。ごぉっとひときわ強い風が吹いた。雲が切れ、光が見えた。今だ!俺は、龍くんの背中のある部分を、口で掻いた。
「そこっっ。」
龍くんは叫んだ。俺はかじかじと一生懸命掻いた。ぴたっと雷と雨が止んだ。ちょうどいいところを掻いたらしい。痒みが治ったのかな?
「ありがとう、虎くん。痒くなくなったよ。」
よかった。俺はほっとする。下界の人間達も、ほっとしたようだ。
「雨も雷も風もやんだ。よかった。」
「龍虎相打つとはこういうことか。」
「龍も虎も戦うとは、困ったもんだ。」
俺も龍くんも、声を揃えて叫んだ。
「戦ってないっっ!」
怒号に聞こえたらしい。人間達は、クモの子を散らすように逃げていった。
俺と龍くんは顔を見合わす。
「俺たち」
「僕たち」
「仲良しなのにね。」
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