梅花香12
「…後でわかったことなんだがその
晩の座敷で、小勘が男をくどいたら、
男はその気になるかどうかという話が
持ちあがったらしい。それを種に賭に
なったんだ。で、深川界隈で一番色恋
沙汰に縁のなさそうな人間、つまりお
いらに相手役の白羽の矢が立ったとい
うわけだ。かっこうのお笑いぐささ。」
清吉は自嘲的に笑った。
「そこで、道化になって馬鹿ができ
るほどの度量もなく、なにもなかった
かのようにふるまうほどの度胸もな
かった。それで、意気地のねえことな
んだが、夜、花街をまわることをやめ
ちまったんだ。おいらには男女の駆け
引きなんぞわからねえし、野暮の極み
の人間だ。そういうことにわずらわさ
れるのが、心底嫌になっちまったん
だ。ま、自分のご面相を考えなかった
若い頃の馬鹿話さね。」
「違います。」
おこうはきっぱりと言った。目がきら
きらとして、頬が上気していた。
「その小勘さんとやらが馬鹿なので
す。清吉さんの本当の姿が見えなかっ
たのですから。清吉さんの目は澄んで
います。人の価値は目に宿ります。私
はいろんな人を見てまいりましたが、
清吉さんほど邪心のない目は珍しゅう
ございます。」
そう言ったとたん、おこうは目を伏
せた。深い悔恨の情をこめた声で言葉
を続ける。
「とは言え、私も同じ穴の狢なので
すが…」