ブラックダイヤモンド
今宵は新月。暗闇は、あたしたちのホーム。ターニャはウィンクをする。漆黒に溶け込むチョコレート色の肌の彼女。
「レッツゴー、ハニー。」
「誰がハニーよ。」
夜目が効くあたしたち。ターニャは狼人間、あたしはろくろ首の末裔だ。とはいえ、この現代社会で人間を喰ったり驚かしたりして、生きているわけではない。
人間社会に溶け込み、しれっと生活を送っている。生計は、どうやってたてているのか?
もちろん仕事をしている。
依頼を受けた『ものたち』(それは、者であったり物であったりする。そして、者には動物も人外も人間も含まれる。)を、安全な場所に確保する仕事だ。
あたしたちが所属する事務所には、人間もいれば人間以外のものもいる。
人間は依頼内容の確認や情報収集、事後処理や傷ついた『ものたち』の心身のケアを担当する。
人外は、実働部隊だ。
ターニャは、あたしを見る。
「確かこの高層マンションの18階よ。ブラックダイヤモンドがいるのは。」
『ものたち』のことをあたしたちは、ブラックダイヤモンドと呼ぶ。ブラックボックスに囚われた尊いものという意味で。
ブラックボックスに捕らえる奴らのことなんて呼ぶか?
それは…
「クソは、在宅?」
あたしは尋ねる。
「ええ、今日はね。」
ターニャは答える。
おわかりでしょうか?ま、そんなもんです。
「じゃ、偵察してくるわ。」
あたしは、ヘッドセットをつけたまま首だけ宙に浮かし、飛行する。
風がすごい勢いで顔に当たる。該当の階のベランダから覗こうとしたら…
闇の中にうずくまる影。女性だ。華奢な手足。震える体。長い髪が風になぶられている。下着に近いキャミソール。くそったれ。こんな高層階のベランダ、真っ暗闇の中に放置か。あたしはターニャにヘッドセットで連絡する。
「ターニャ、ブラックダイヤモンドいたわ。」
「どこに?」
「ベランダよ。」
「何ですって⁈」
「多分、ベランダに放り出されて、鍵をかけられたのよ。」
「クソはクソか。…すぐに救出に向かうわ。」
「お願い。」
あたしは、ブラックダイヤモンドに気付かれないように(首しかないから、怖がらせないように。)、様子を伺う。
暗闇でもはっきり見える私は、怒りをこらえきれない。女性の顔は真っ青だが、目は虚ろだ。どれだけの責苦を受けてきたのだろう。
ターニャは、すぐにベランダにやってきた。狼人間である彼女には、難なくやってこれる高さだ。
ターニャは、ブラックダイヤモンドの傍にしゃがむ。
「こんばんは。」
女性の目が大きく見開く。怯えたような顔をする。ターニャは、落ち着いた優しい声をかける。
「今から、安全な場所にご案内いたします。」
「でも…」
女性は、ベランダの窓の方を見る。
「大丈夫です。今からご案内する場所は、ご主人が知り得ないですから。そこで、ご自身がどうなされたいか、ゆっくりお考えいただければと思います。」
ターニャは、ゆっくり安心感を与えるような話し方をブラックダイヤモンドにはする。
少しためらったが、女性はこくりと頷いた。ターニャは女性を抱き抱える。
「高い場所からの移動となりますので、恐怖心をもたれるかと思います。目をつぶって頂いてもよろしいでしょうか。」
女性はぎゅっと目を閉じる。ターニャはあたしの方を見る。あたしはにやりと笑う。ターニャはくるりと目をまわした。
そして、音もなく18階のベランダから女性を抱き抱えながら、飛び降りた。
さあ、クソ野郎を少し脅かしてやるか。
あたしは、ベランダの窓に体当たりする。割れても構うもんか。
ドスン。
ドスン。
「うるさい。まだ罰はすんでない。馬鹿か?俺が開けるまで大人しくしとけと言っただろ?」
男がベランダを開ける。
首だけの女が、空中に浮いている。
「どへっ。」
男は言葉にならない言葉を発する。
あたしは口で、ベランダに引きずりだす。妖怪だから、力は強いのだ。
男はうずくまり、ガタガタ震える。あたしを見ないように、尻を高くあげ顔を伏せる。そうはいくもんか。あたしは口で男の髪を引っ張り上げ、あたしを見せる。
「怖いか?この程度で?怖いか?」
あたしは男の耳元で低く囁く。
「覚えておけ。この恐怖を。今度無体なことをしたら…」
あたしは男を突き飛ばす。男は腰を抜かす。
「これじゃすまないからな!」
…男は白目を向いた。
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夜明け。ターニャとあたしは事務所でコーヒーを飲んでいた。仕事終わりの一杯は美味しい。とはいえ、甘党でお子ちゃま舌(ターニャ談)のあたしは砂糖たっぷりのカフェオレだが。ターニャはブラックだ。大人。
「あんた、あの男、えらいことになってたみたいだけど…」
「え?ちょっとお話しただけよ。」
ターニャは、眉毛を少し上げた。そしてマグカップのコーヒーを黙って飲む。
あたしは、甘いカフェオレをゆっくり飲んだ。
inspired by「Black Diamond」DOUBLE &安室奈美恵
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