バックステージ
俺は、1人楽屋に佇む。ライブ直前は、1人でいることを好むからだ。壁にかけられた時計の秒針だけが、響いている。
何十年、俺は世界を飛び回っているのだろう。ギターを弾き、観客を熱狂させ、パッキングをし、飛行機に乗り、また違う場所で、ギターを弾く。
そして今は、湿度の高い国にいる。均一とディテールにこだわる国。俺の楽屋の隅にさえ、ちりひとつ落ちていない。鏡の前には、花が一輪、活けてある。
いろんな国をまわる。けれど、出かけようとしなければ、空港とホテルと会場の往復で終わってしまう。
そうは言っても、不思議なことに、楽屋ひとつにとっても、その国が見えてくるのだ。
鏡が曇っていたり、カラフルな落書きがそのままだったり(俺は、自分で言うのもなんだが、大きな箱をいっぱいにすることができる。だから、割と小綺麗な楽屋に通される。それでも、そんな国もあるということだ。)、真っ赤な絨毯が敷いてあったり、スパイシーな匂いが漂ったり…。
それを、面白がったり、無視したりして、対処する。そうやって、いくつもの国を通りすぎ、やり過ごしてきたのだ。
鏡に、俺の顔がうつる。色あせた瞳。シワの刻まれた顔。俺は、俺に問う。
「今の生活に満足しているか?」
俺は答える。
「わからない。」
体の節々は痛み、終演後は、体が重く、引きずるような時もある。観客のパワーが、ノイズのように感じることもある。観客によって、疲弊することがあるのだ。その逆ももちろんあるが、若い頃よりも、疲弊することが多くなってきている。おそらく、自らのパワーが、少なくなってきているのだろう。
だが、まだ、俺は、ツアーを続ける気でいる。
たくさんの人間が、死んでいった。俺だって、死にかけたことが何回もあった。(心を含めて。)
奪い奪われ、与え与えられ、壊し壊され。
それでも、俺はここにいる。
それは、神のギフトだ。それを、無駄にしてはならない。
それに、未だにまだ、俺は俺の思うところに到達していない。このまま、終われないのだ。
そして、もう残された時間も限られていることもわかっている。
リミットが迫りながらも、俺の人生はまだ保留中なのか。
鏡の中の俺の顔が歪む。
皮肉の笑みか、安堵の笑みか。
その時、ノックの音が聞こえた。
さあ、ショータイムのはじまりだ。
俺は、振り向いた。