キスして
冬の海は冷たい。風が吹く。ニット帽を深くかぶり直す。耳たぶが痛い。
海はどんよりとした灰色だ。光を内包しているようには見えない。マットな灰色。
ざらっとした紙をくしゃくしゃにしたような波が立っている。
平日。冬の海。曇天の空。内海の砂浜。人は少ない。
せいせいする。
寂しいけれど、誰とも喋りたくない。
自分勝手な思いでくさくさしている私には、ちょうどいい場所。
右ポケットのスマホが振動する。
今は、ちょっと知らないふり。
顔が強張るような冷たい空気。潮の香りが鼻を刺激する。
砂浜に足を取られながら、ゆっくり歩く。
波打ち際。打ち寄せる波が白く泡立つ。穏やかな外気であれば、いつまでも見ていられるけれど。
今はあまりにも寒い。
私はブルっと身震いをして、カイロがわりの缶コーヒーを左ポケットから取り出して握る。
冷めないうちに飲んでしまおう。
歩きながら、飲む。
コーヒーとは名ばかりの生ぬるい甘ったるい液体が喉を通り抜ける。
やはり少し冷めてしまっていた。
頭も少し冷えた。
不貞腐れた気持ちも、いらいらしていた気持ちもトーンダウンした。
私は
本当に疲れてたんだ。
だから、
ささいな行き違いに我慢ができなかったんだ。
寂しいという目盛りがぐっと上がった。
スマホをかけ直す。ラインじゃない。声が聞きたい。
ワンコール。すぐ出てくれた。ほっとする。
「ごめんなさい。さっき出なくって。ごめんなさい。あんな態度取って。…うん、うん。甘えてしまって。いやな気持ちにさせてごめんなさい。」
「今、とても寒くて寂しい。あなたとキスしたい。今。すぐにでも。」
私は、今の気持ちを素直にこぼす。きっと波のせいだ。