水蜜桃
ある初夏の日の話。窓を開け放てば、風が吹き抜ける。夏がまだ生まれたての頃は、まばゆい日差しと神様の息吹のような風が共存することがある。それは奇跡のような瞬間。
「おはよう。」
あなたは、ぼさぼさ頭のまま眠そうな顔でダイニングキッチンにやってくる。
「おはよう。」
俺は、しっかり目覚めた顔でコーヒー豆を挽く。手動のコーヒーミルでゆっくりゆっくり。
あなたは、頬杖をついて俺の手つきを見ている。半分眠っていた顔に少しずつ生気が現れてくる。俺は、休日の朝のあなたの顔がとても好きだ。
あなたは俺の視線に気が付く。
「なぁに?」
「だんだん目が覚めていく感じを見るのが好きなんだよね。」
「何それ。」
「朝日が昇るのを見るような感覚かな。なんかだんだん光が強くなるみたいな。そんな感じ。」
「ちょっ、恥ずかしいよっ。よくそんなことをぬけぬけと言えるなあ。」
あなたの頬は真っ赤だ。俺はあなたの鼻の上にあるそばかすをぼんやり見ながら、めっちゃかわいいと思っている。
「何?…ああ言わなくていいよ。私を羞恥責めにするような顔してるから!」
あなたはくるっと後ろを向く。背中に大きなしまうまのプリント。はげはげで、しまうまがただの馬になっている。この油断している感じがとてもいい。
「トースト食べる?」
後ろを向きながら、ごそごそと食パンをあなたは出している。
「食べるよ。」
「バタートースト?チーズトースト?私はチーズトーストにしようかな。どうする?」
「俺もチーズトースト。」
「了解。」
あなたの作るチーズトーストはすごくおいしい。ケチャップと粒マスタードを塗って、チーズをのせて焼いてくれる。甘酸っぱいケチャップにぴりりと粒マスタードの風味が加わる。俺が作ると、ちょっと違う。不思議だ。
俺は、挽いたコーヒーをたてる。丁寧にお湯を入れれば、コーヒーのアロマがたちのぼる。黒いしずくが宝石のように思える。
トーストの焼ける香りとコーヒーが抽出される香り。幸せと空腹を誘う香りだ。
「そうそう、昨日さいいもの買ったんだ。」
あなたは焼けたチーズトーストをテーブルの上に置く。
「何買ったの?」
俺は茶色紙袋から、桃を取り出す。
「これ。」
「桃、もう出たの?今年初めて見た。」
桃が大好きなあなたは、うれしそうな顔をする。
「まだ硬いよね…。まだ食べれないよね…。残念。でも、うれしい。ありがとう。」
あなたは、大きな笑顔で俺を見る。俺の心は桃になってしまった。あなたはまた顔を赤くすることになるだろう。
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