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ヴァンパイアのキス

さらさらとさらさらと朝日に溶けていく。これでよかったのだと、俺は思う。

 もう誰かを奪って生きながらえなくていいのだ。

 安堵と解放。

 そう、俺は自由になるのだ。長い長い時間の檻からの。

 そして、少しの痛みと悲しみ。

 実体のなくなった手で彼女の頬を包む。彼女は至福の微笑みを浮かべて眠っている。

 彼女は俺が消えているのを嘆くだろう。自分のせいで、俺が滅んだと自分を苛むだろう。

それだけが心残りだ。(俺自身、「死ぬ」というより「無くなる」感覚に近かった。消滅する感じ。生き物よりも無機物に近いのだと今になってわかった。)

 愛おしくて愛おしくてたまらないものには、少しでも痛みも苦しみもそして死を与えたくない。

 これは、俺の光の(吸血鬼がこんなことを言うのも変な話だが。)側面。

 もう一つは、夜と血にまみれて生き続けることに終止符を打つきっかけ。俺は文字通り、彼女をおのれの心臓に打つ杭にしたのだ。彼女を自分に安寧を与えるために利用した。これは、俺の闇の側面。

 ただ、誰しもそうだろう。

 すべてのことはいろんなことが混じり合っているものだ。

 純粋なる善も悪も、光も闇も、陰と陽もありはしないのだ。

 そんな思考も薄まってきた。俺はどんどんこぼれていく。

 フィクションのように朝日を浴びて苦痛にのたうつわけではない。
 手から砂がこぼれるように俺はただ消えてゆくだけだ。

 ほぼ俺は消え、最後の気配だけになった。

 彼女の額、頬、首、唇に口づけた。

 最後のヴァンパイアのキスだ。

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