冬の恋
見上げるとミッドナイトブルーの空。もうそろそろ冬がやってくる。夜はしんと冷たくなる。秋から冬にかけて、夜は静寂と仲良くなる。
ひとりが長くなってしまって、恋は遠い夢のように離れてしまった。それでもひとつやふたつは柔らかな思い出として残っている。(思い出したくないものはもっともっと。)
寒くなり始めると思い出す。
彼女は傷ついた顔でやって来た。そっとノックをして自分の部屋に滑り込んでくる。いつもいつも。優しすぎて繊細すぎて。彼女は天使だといつも思っていた。そして、この世界では天使は生きるのは難しいんだなと実感した。ズルくてこすいところがないと、苦しい。ちょっとは周りのせいにしたり、ごまかしたり、ほどほどにちょろまかさないとやってられないものだ。いい人と悪い人の境目は、その程度だけだ。
彼女はあまりにも世界に誠実に対峙しすぎていた。あまりにも人に真面目に対峙しすぎていた。自分の身を削ってまで。
自分は彼女の潤んだ目と胸の痛くなるような微笑みと甘い香りだけを覚えている。
「君は悪くない。」
抱きしめながら、何回も何回もかけた言葉。彼女に届いていたのだろうか?今でもわからない。
冬のある日。夜の帳が下りる時間。かすかなノック。ドアを開けると彼女が入ってきた。ひんやりとした空気。彼女の体には雪がかかっていた。それでも彼女はうれしそうだ。
「雪が降ってる。」
「急に冷えてきたと思った。めちゃくちゃ濡れてるよ。」
彼女はふふと笑い、くるっと1回転する。
「だって、ずっと雪の中立ってたもの。」
「なんで、そんなことしたの。」
「私、雪が降ってる時に空を見上げるのが大好き。空に昇っていくような気持ちになるもの。なんか、幸せな気持ちになる。」
自分はあまりにも透明な彼女の魂に触れて、少し哀しくなった。なぜだろう。と当時は思っていた。今ならわかる。彼女の純粋さは現実世界にはあまりにもそぐわなかったからだ。その乖離が彼女を傷つけていたからだ。すごく彼女を愛していた。だからこそ、彼女が傷つき壊れるのを見たくなかったのだ。
その哀しみを振り払うように自分は言った。
「風邪ひいちゃうよ。とりあえず、お風呂入りなよ。」
「うん。」
彼女は素直にバスルームに向かう。自分は彼女の体を温める飲み物を作ろうとキッチンに立つ。
彼女はお風呂から上がってきた。ソファに座る。テーブルにホットチョコレートを置く。彼女は手に取ってゆっくりと飲む。自分も彼女の隣に座る。彼女の香り。甘い香り。彼女が甘える。
「私の髪を触って。」
彼女の髪に触れる。手で彼女の髪を梳る。彼女は満ち足りたようにため息をつく。自分は彼女にとらわれる。彼女の香りはますます強くなる。
静かな夜。熱が高まる。猫が喉を鳴らす。そんな夜。
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