統幕発表の基準について
はじめに
四面環海である我が国の近海には、多様な艦船が絶えることなく活動をしている。その中には日本の艦船だけではなく、周辺国の艦船も当然含まれている。特にロシア海軍・中国海軍の艦艇に対しては海自艦艇が哨戒・警戒監視を実施しており、その動向の一部が統合幕僚監部の報道発表として公表されている。この「統幕発表」は中露海軍艦艇の動向を探るには欠かせない情報だと言える。
※統幕の報道発表にも色々あり、災害派遣や統合幕僚長の出張といった事柄も含まれる。この頁で言う「統幕発表」は「中国/ロシア海軍艦艇の動向について」と称される報道発表のことを言う。
しかしこの統幕発表は海自が発見した艦艇全てを公表している訳ではないし(上で一部と書いた所以)、航空機ともなれば尚更である。この「統幕発表を出す基準・条件」は当然統幕や防衛省内部でしか分からないであろうが、数ある発表とその他報道見てみると何となくではあるが導き出せるんじゃないかなぁ~という感じで、中国海軍艦艇の動向を中心に考察してみる文章である。
で、結論から書けば
1.地理的条件——日本周辺であること
2.国籍別の条件——殆どが中国とロシア
3.艦種別の条件——水上戦闘艦艇及び補助艦艇。一部例外も…?
4.航路の条件——日本近海を経た後の動向
5.その他——上記条件を満たしてないのに発表される例
と言う感じにまとまると言えよう。
1.地理的条件
統幕発表を幾つか見ればすぐに分かるであろう条件の1つは日本の周辺の空海域であるということである。昔とは違い、海自が日本周辺から離れて活動することは珍しいことではないし、例えば南シナ海方面で中国艦と遭遇することは当然考えられる。しかしこうした場合は発表されない。基本的には日本近海にやって来た或いは通過した艦艇を公表している。
台湾-与那国島間、宮古島-沖縄本島間(以下「宮古海峡」)、奄美大島-横当島間(以下「奄美海峡」)、大隅海峡、対馬海峡、津軽海峡、宗谷海峡と言った諸海峡は東シナ海・太平洋・日本海を跨いで移動する際には必ずと言って良いほど通らねばならない海域であり、統幕発表によく出て来る。
最初の考察章でもあるので、統幕発表が海自の発見した艦艇全てを出していないことを示唆する事例を示す。これは中国海軍の強襲揚陸艦、ユーシェン級/075型揚陸艦が大隅海峡を通り、初めて統幕発表に登場した際のものだ。
075型が統幕発表に出て来るのは初めてなのだが、発表の文中には特に「初確認」であることは明言されていない。レンハイ級:055型駆逐艦が初めて統幕発表に出て来た際には「レンハイ級ミサイル駆逐艦は、 海上自衛隊においては初めて確認したものである。」(太字筆者)との一文があったのにも拘らずである。
また、中国海軍2隻目の空母、山東が統幕発表に初登場した際の表現も興味深い。
ここには「『山東』による太平洋上の航行を確認したのは、今回が初めてである。」(太字筆者)とあり、わざわざ「太平洋上の」と海域を限定している。
これら3つの統幕発表を見ると、統幕発表より前に075型や山東と海自艦艇/航空機が何らかの形で接触していたと読み取れる。特に南部戦区海軍に所属し海南島の三亜を母港とする山東であるならば、南シナ海で先に接触していると考える方が自然である。
こうしたことから、統幕発表には日本近海であるという地理的基準があることと、発見した艦艇全てを公表していないことが分かるだろう。上記の例以外にも、人工衛星による画像収集が民間にまで広まった昨今、海自艦艇と中国海軍艦艇が南シナ海で並走している様子が捉えられたこともあるが、そうした情報は統幕発表になっていないのである。
2.国籍別の条件
こちらも統幕発表を少し見れば分かるであろうが、対象国は全てと言って良い程に中国とロシアである。スクランブル発信の統計にこそ北朝鮮や台湾も出て来るが、艦艇や個別の航空機だとまず出て来ない。数少ない例外を上げるとすると、2007年にバハマの調査船が出て来る(尚、統幕の公式HPで報道発表を遡れる年代も2007年なので簡単に見つけることが出来よう)。
中露以外の艦艇が日本近海を通ることは当然あるが、そうした艦艇はまず統幕発表にはならない(見落としもあると思うので、あったら教えてください…)。同盟国・同志国の艦艇の動向も哨戒機などで把握していると思われるが。
例えば2024年7月末、ベトナム人民海軍の
ゲパルト3.9型フリゲートHQ-015チャン・フン・ダオ/陳興道
がロシアのウラジオストクを訪問。同地に寄港していた中国艦2隻と共にロシア海軍の日記念式典に参加している(タス通信2024/07/24”Во Владивосток с деловым заходом прибыл фрегат ВМС Вьетнама”https://tass.ru/armiya-i-opk/21433713)。
ベトナムからウラジオを訪問するとなれば、対馬海峡を通るのが自然であり、当然海自は動向を把握出来る筈だ。統幕発表の対象国を訪問、或いは肩を並べる場合であっても、中露以外は統幕発表に至らないのだと考えられる。
また、中国やロシアの政府が運用する船舶であっても、中国海警やロシア国境警備隊の船舶等の軍以外のものは統幕発表に出て来ない。
3.艦種別の条件
こちらも統幕発表を眺めれば分かるであろうが、登場する艦艇は空母や駆逐艦、フリゲートやコルベット、ミサイル艇と言った水上戦闘艦艇と、補給艦や航洋曳船、情報収集艦と言った補助艦艇となる。また、ロシア海軍に多いが、浮上航行する潜水艦も発表される。
発表されない病院船と練習艦
上記のような艦に反し、(中国海軍の)病院船と練習艦は統幕発表されていないと考えられる。
中国海軍は何隻か病院船を保有しており、その中の
920型病院船866和平方舟
を「和諧使命」と称して世界各国へ派遣。医療提供を実施している(参照:中国海軍の「和諧使命」まとめ|miki@横鎮 (note.com))。その和平方舟は東部戦区海軍に所属しており、母港は浙江省の舟山である。舟山は東シナ海に面しているため、太平洋や南シナ海へ出るために台湾海峡や台湾-与那国島間以外の海峡を通ると統幕発表されることになるはずである。
和平方舟がインド洋やアフリカ方面に向かう場合、台湾海峡を通っても不自然ではないが、太平洋島嶼国や東南アジアを目指す場合、宮古海峡を通ることも考えられる。しかし統幕発表に和平方舟が登場したことは(自分の知る限りでは)無い。
更に中国での「記者の日」に関して投稿された軍内の記者を紹介する記事(人民海軍2023/11/08「特别策划 | 快看,水兵记者的大洋航迹」https://mp.weixin.qq.com/s/uwzigaQjrdBnAO4zCJ8Y4w)では、和諧使命-2023に際し和平方舟が日本近海を通ったことを示唆している図が示された。下の図はそれを自分が加工したものである。
「図例」(图例)の人名が記者の名前で、その右側の文字が自分による加工で海外での演習や任務を示す。和平方舟による「和諧使命-2023」は上から3番目の薄黄色の線、任天然 氏が同行し取材を実施している。これを見ると、奄美海峡や台湾-与那国島間を通っている様に見える。しかし統幕発表には登場していない。台湾-与那国島間は兎も角、奄美海峡(或いはその周辺の海峡)を通っても統幕発表に登場しないのは不自然である。
また、上図での緑線、邬兴羽 氏が取材したのは680型訓練艦83戚継光が2023年9~10月に実施した遠洋実習を示すものである。こちらも宮古海峡や奄美海峡?大隅海峡?を通ったと思われ、統幕発表に登場しないのは不自然である。
更に上記「2.国籍別の条件」の項の写真に写る
679型航海訓練艦81鄭和
071型揚陸艦980龍虎山
も統幕発表に出て来ない。この2隻は遠洋実習の一環で2024年7月末にウラジオストクを訪問しており、当然対馬海峡を通ったと考えられる。
更に8月1日に鄭和艦艦上で宣誓式を実施したという投稿が中国海軍から有り(人民海軍2024/08/01「大洋之上军旗扬,81舰上庆“八一”」https://mp.weixin.qq.com/s/JDDk10urXmjIs9QsGYrayw)この頁では「8月1日早朝/雨と霧の棚引く対馬海峡/中国海軍鄭和艦はゆっくりと航行する」(原文「8月1日清晨/对马海峡雨雾缭绕/中国海军郑和舰缓缓航行」改行は/で示し、訳と太字は自分による)とあり、時間,海域,艦名を明言されているが、下図の通り統幕発表は無かった。
こうした事例を見ると、病院船や練習艦は統幕発表しないという艦種別の条件が有ると考えられる。
※2014年には統幕発表に鄭和艦が出て来るが、それ以降は出て来ない。近年になって条件が変更された可能性もある。
4.航路の条件
台湾-与那国島間の海峡
日本近海という条件を満たしていても、単に通った・往復しただけなら統幕発表に至らない海域があると考えられる。その1つが台湾-与那国島間の海峡だ。
2021年11月24日、産経新聞より中国海軍の揚陸艦が台湾-与那国島間を南下し台湾東部沖に至り、花蓮沖で上陸演習を実施した旨の報道が出た。(産経新聞2021/11/24「<独自>中国揚陸艦、台湾東部沖で上陸演習 与那国沖通過」https://www.sankei.com/article/20211124-ZGTV3WRIIFJO7OLREXRJHO5PNQ/)
同記事曰く、2021年11月中旬に東部戦区海軍の071型揚陸艦2隻が台湾-与那国島間を通り云々とのことであるが、同時期の統幕発表を見ても該当するものはない。
また、連合利剣といった中国軍が度々実施する台湾周辺での軍事演習で台湾東部に進出した中国艦も殆どは統幕発表されない。
2024年10月14日に実施された「連合・利剣-2024B」演習に際し、参加が報じられた
052DL型駆逐艦134紹興
054A型フリゲート1隻
の2隻は(054A型は統幕発表によると530徐州であることが判明)10月9日に台湾-与那国島間を通り、15日に宮古海峡を通ったことが発表された。
10月9日に台湾-与那国島間を通ったのにも拘らず、統幕発表が出されたのが宮古海峡を通過した15日であり時間差があること、そして同様の事例が複数あることは、台湾-与那国島間を通るだけでは統幕発表に至らないことを示していると言えよう。
一方で宮古海峡や大隅海峡、津軽海峡などは単に通っただけで統幕発表に至っている(時間差も僅かである)ことから、海峡の両側が日本領土の海峡を通った場合は統幕発表されると考えられる。そうした条件を満たす以前の行動も、余り期間が空いてなければついでに載せておこうという運用なのだろう。
また、東部戦区海軍の艦艇が太平洋側に進出した統幕発表が無いのにも拘らず、いきなり奄美海峡から東シナ海へ向かった事例もある。台湾海峡→台湾西部沖→バシー海峡という航路を取ってでもない限り、台湾-与那国島間を通って太平洋に進出したのが自然である。余りにも期間が開いていると前の行動は省かれる可能性がある。
尖閣諸島北方沖の中国艦
先と同様、日本近海でありながらも統幕発表されていない事例がある。それは海保と海警の睨み合いが続いている尖閣諸島の北方に常駐している中国海軍の艦艇である。
産経新聞の記事を見るに、尖閣諸島北方約90kmの北緯27度線辺りには中国海軍艦2隻が常駐しており、海警と連携していることが指摘されている。これらの艦艇は常駐していることもあるのか統幕発表はされていない。(産経新聞2020/8/2「尖閣領海侵入時にミサイル艇展開 中国軍が海警局と連動」https://www.sankei.com/article/20200802-EK6HN3Q6JVJN7EWWEAQWCSGRBA/
産経新聞2021/03/29「<独自>中国艦艇、レーダー切り航行 尖閣周辺、実戦想定の動き」https://www.sankei.com/article/20210329-3DMEMKJESRLYZLDKO3LRNMGXSU/)
5.その他
ここでは上記の諸条件のみでは統幕発表に至らないのにも拘らず、例外的に発表されている例を取り上げる。それは中国海軍の航空母艦の動向である。
中国海軍は現在、北部戦区海軍で
001型空母16遼寧
南部戦区海軍で
002型空母17山東
と2隻の空母を運用している。これらの空母の動向は、宮古海峡と言った特定の海域を通行した際にのみ統幕発表される通常の運用とは異なり、太平洋の遥か南での活動まで公表されている。それも艦載機の発着艦回数と日中双方のミリオタが大喜びする写真付きで、である(通常の統幕発表では艦影のみが殆ど)。この時点で空母は例外的な扱いとなっているのが分かるであろう。
また、日本近海と言うには微妙な海域での活動も統幕発表されているし、三亜を母港とする山東(や南シナ海に展開したあとの遼寧)は、台湾-フィリピン間のいずれかの海峡を経て台湾東方沖≒先島諸島南方沖等の西太平洋へ進出した際も統幕発表に至っている。そして統幕発表が開始されると、宮古海峡などから東シナ海、ルソン海峡から南シナ海、はたまたフィリピン南方沖からセレベス海方面へ至るまで継続して公表が続けられている。
これらのことを考えると空母に関しては、経由した海域は考慮されずに日本近海に来たら統幕発表に至り、更に中国空母が西太平洋を出るまでは継続して発表を続ける、という運用がなされていると考えられる。
尚、中国空母の警戒監視に当たる艦艇には特別な配慮がなされていると考えられる。2021年12月と2022年5月、遼寧が西太平洋へ展開した際の警戒監視はいずれも護衛艦「いずも」が充てられた。対艦装備を一切持たない「いずも」なら「間違い」の起こりようもないと考えたのか、「航母対空母」の構図を作りたかったのかは分からないが、やはり空母は特別な相手であると日本側が認識しているのは確かだろう。
まとめ
以上のことから、日本近海を経由して両側が日本領土の海峡を通った中国海軍かロシア海軍の艦艇(練習艦や病院船を除く)が統幕発表される、と言うことが出来るだろう。しかし上記の条件を満たさないのにも拘わらず、中国海軍の空母の動向は例外的に詳細な情報が公表されることも明らかである。
また本項では艦艇の動向にのみ触れたが、航空機の動向の発表基準はよく分からない。中露合同での爆撃機飛行や無人機の動向は公表されるが、毎日の様に起こる「ただの」スクランブル対象は公表されていないのだろう。
それよりもよく分からないのが統幕のツイッター運用である。
統幕HPに上げられるPDFでの統幕発表をスクショ・引用する形でツイートするのだが、どれを取り上げてツイートするかの基準は謎である。最近の例を挙げると、2024年10月20日に発表された中国軍機(Y-9哨戒機,H-6爆撃機)の動向はツイートしている一方、10月23日に発表されたロシア艦(ウダロイI級駆逐艦2,補給艦1)、ロシア軍機(Tu-95爆撃機,戦闘機)の動向はツイートしていない。23日にはスクランブル発進があった旨ツイートしているので、ツイッターに触ってはいるのだが…。
以上、統幕発表の条件を考察してはみたが、実際の運用は我々一般市民には明かされていないので外れている所はあるかもしれないのはご了承ください。こうしたよく分からない面はあるものの、継続して中国・ロシア軍の動向を発表している数少ないプラットホームでもあり、彼等の動向を見るには欠かすことのできない情報である。
その発表も文章だけでなく写真や地図まで添付された分かりやすい情報であり、その写真は(非民主国家で情報公開に難がある)中国軍やロシア軍を追いかけている者からすれば非常に有難いものだ。おかげで中国では「自衛隊は中国軍の『御用撮影師』」とさえ言われる始末である。
個人としては、自衛隊が確認した中露の艦船は全部発表して欲しいが、「どこまで公表するか」も一種の外交的カードとなる(その最たる例が中国空母だ)。民主国家の実力機構としての情報公開を求めつつ、「情報の公表」と言う行為が持つ政治的・外交的効果を最大限発揮して頂きたいと統幕や防衛省に求めつつこの項を終わる。