君に夢中
IDOLiSH7・和泉三月の夢小説です。
ヒロインは小鳥遊紡ではありません。
満員ラッシュの電車を降りて一息。改札に向かって歩きながら定期を取り出す。かざして通り過ぎた後、持つ手から定期が滑り落ちてしまった。混雑の中、慌てて地面に落ちる前に拾おうと手を伸ばした時だ。
「ほら、これだろ?」
「…えッ」
先に私の定期を拾って言葉と共に差し出された手を見上げた。そこにいたのは笑顔の男の人だった。その笑顔から目を逸らせずにいた私に男性の方がパッと表情を変える。
「あれ!?もしかして違った??悪い!てっきりこれアンタのかと思ってー」
「あ!いえそれ私のです!すみません、ありがとうございます!」
変に気遣わせてしまったことを反省しながら定期を受け取った。
「あはは!間違ってなくてよかったぜー!こんな混雑の中拾うの大変だしな!じゃ、気をつけろよー!」
嫌な顔一つせずにまして笑顔で去って行く男性に私はまた見惚れてしまった。
「…は、はい!あのッ本当にありがとうございましたー!」
我に返って大きな声でもう一度お礼を言った。…聞こえてたらいいな。
休憩室でお昼ご飯を食べてほっと一息ついていると、設置されているテレビからなにやら賑やかな音声が聴こえてきたので目を向けてみた。そこにはーー
「…え!?」
『♪〜向かい風でも yes we go〜…』
「朝のあの人だ!」
今朝改札口で出会った人が映っていたのである。
「…あ、あいど、りっしゅ、せぶん?…IDOLiSH7…!アイドルだったんだ」
残りの休憩時間、気づけば私は彼らのパフォーマンスに釘付けたった…。
その日は仕事を終えて帰宅し、夜ご飯と身支度を済ませた私はパソコンを起動させた。目的はお昼に見たIDOLiSH7について知りたかったから。インターネットに接続して検索していくと、次から次へと出てくる数々の情報に彼らが人気のアイドルなのだと理解した。
「へー、すごいんだなぁ…」
とはいえアイドルに関して全くの素人の私はひとまず、IDOLiSH7について知ることにした。一通り調べ終えてからあることが一番心に残った。
「ーー和泉三月くんっていうんだ」
それは今朝出会った、IDOLiSH7の元気印である彼のことだった…。
それから通勤中やプライベートでもふと見上げれば彼らの…三月くんの広告などが目に入った。いつしかそれが当たり前のようになっていった。そして、いつのまにかすっかりIDOLiSH7のファンになった私は彼らの出ている番組をくまなくチェックしてはオンエアを見たり、録画をするようになった。なかなか当たらないLIVEのチケット戦争に悔しがりながら、配信映像を前にオレンジ色のペンライトを握りしめてはエールを届けていた。
あれは、仕事が繁忙期でものすごく忙しくて正直帰って身支度を済ませて寝るのが精一杯だった時のことだ。
「疲れたー…最近全然三月くんのこと、IDOLiSH7のことをチェックできてないや」
誰に頼まれたわけでもないからできなくても怒られるわけでもなんでもないけれど、自分が決めた1日1回は彼らの情報を見るというルール(ノルマ?)ができていなくて落ち込んでしまっていた。どんなに疲れていても、しんどくても彼らを、三月くんを見れば元気になれるのに…。パソコンを起動させる余力はなかったので、せめてスマホだけでもとタップした。どんどん更新されていく彼らの情報を知りたい。
「え!?これって今??だよね!?」
私は疲れているはずの体に構わず、思わず起き上がって更新日時を確認すると、それはたった今アップされた情報だった。
「三月くんの限定スペシャルトークショー!するする、絶対応募する!!あれ!?手帳どこ??」
鞄の中のものを手当たり次第に出しながら手帳を探しあてて無事応募を完了した。
「…あんなに疲れていたのが嘘みたい。体軽いや」
ーーどうか、チケットが当たりますように。
その日、いつかの通勤ラッシュとは違って完全にプライベートで乗っていた電車を降りた。
「んー!今日のランチ、楽しみだな〜!」
今日会うのは、私がIDOLiSH7を好きになった縁で知り合った友達だった。もう何度か会っていて、とても気が合うのだ。ちなみに私たちは見事にそれぞれ推しのメンバーが違うのである。
「タオルにリストバンドにペンライトもあるし、うん、大丈夫!」
何度も確認したけれど、つい念を押して鞄の中身を見たっけ。そう、正直私は楽しみすぎて浮かれていたのだ。
「この前のLIVEの上映会もするし楽しみすぎる!!」
平日朝の通勤ラッシュが嘘みたいな駅の空き具合にのびのびと、浮き足立って改札に向かいながら定期を取り出そうとした。
「…ん?あれ??定期どこ!?」
今日のメイン行事のためのグッズはちゃんとあるのに、まさかの定期が見つからなかった。焦りながらも落ち着こうと自分に言い聞かせる。
「お、落ち着け、私!電車には乗れたんだから乗る前にはあったはず、だよ??なのになんで〜!?落としたのかな!?ハッ!まさか!電車の中だったり??嘘〜!?」
オレンジ色のペンライトを取り出しながら半ば涙目で探していた私に声がかかった。
「ーーすみません、もしかしてこれお姉さんのですか?」
「え…」
その澄んだ男性にしては高めの特徴的な声、もうずっと聴いている声…そして、あの時の声と重なった。顔を上げると、そこにはキャップ帽子を被った大好きなアイドルがいた。
「…!みッ、みつッ」
「あ!しーっ!…突然声かけて驚かせて悪かったけど声抑えてな??」
「…は、はい。ご、ごめんなさいッ」
そう、彼…和泉三月くんだった。思わず声をあげかけた私に三月くんは苦笑しながら諭した。…今、私、推しとしゃべってる。これ夢かな?
「あはは!いーよいーよ、気にすんな!それで、これお姉さんのじゃないか?この定期」
「え、あー!はい、これ!私のです!」
「やっぱりか!いやさっき歩いてたらこの定期拾ってさー、けど誰のか分からないし駅員さんに届けようかなって思ってたらなんか必死に探してる様子のお姉さんを見かけてさ!もしかしてって思って声かけたんだよ!当たっててよかったぜー!」
ニカッと笑顔が眩しい三月くん。…夢みたい。いやせっかくこうして話せてるのに夢にするのもったいないや。
「あ、ありがとうございます!拾ってくれて助かりました!」
「お安い御用だよ!けど、今度から気をつけろよな?」
はい、と頷きながら私は三月くんと初めて会った時のことを思い出していた。あの時も定期を拾ってくれて…まさか、覚えてないよね?頭を振って言葉を飲み込んだ私は改めてお礼を伝えた。
「本当にありがとうございました」
お姉さん律儀だなぁと笑ってくれる三月くんに私は少しだけ勇気を出してみることにした。
「ーーけど、どうして分かったんですか?その定期が私のものだって。確かに私は探していましたけど、もしかしたら他の人の場合もあるかもしれないのに」
内心、ドキドキだ。推しにこんな質問をするなんて。なにを言っているんだ私は!逃げ出したかったけれど、自分で聞いておいてそれはないだろうと叱咤してその場に足を縫いつけていた。私にとってはずいぶん長く感じたけれど、そんなに時間は経っていないと思う。三月くんがキョトンとした顔をした後、ふっと微笑んだ。
「あーそれはなー…お姉さんがそのペンライトを持ちながら探してたから、もしかしてって思ったんだよ。そのオレンジの」
柔らかく微笑みながら少し赤く染めた頬をカリカリかきながら三月くんが照れたように視線を向ける。私も手に持ったままのペンライトを見つめて…!理由が分かった。
「なんつーか、違ってたらすげー恥ずかしいんだけど…それ、オレの色で合ってる?」
三月くんは気づいてくれたんだ…!
「は、はい!そうです!合ってます!三月くんのオレンジです!!」
ペンライトを握って力説する私に微笑む三月くんの目がさらに細くなる。その普段あまり見ないような表情に見惚れた。やがて三月くんはいつもの弾ける笑顔を見せてくれた。
「…だよな!あーよかったー!似た色のペンライトもあったりするからもし違ってたらって…オレ、内心すげードキドキだったわ!!はー…嬉しいな、ありがとう」
そして、また柔らかく微笑む三月くんに私の胸も高鳴った。
「こ、こちらこそ!ありがとうございますッ」
「おう!そんなわけでさ、お姉さんが持ってるペンライトと拾った定期に貼られたステッカーでピンときたんだ!」
ステッカーと言われてすぐ理解した私の顔が赤くなる。三月くんは私の手に定期を載せた。
「ーーいつも応援ありがとな。お姉さんの期待に応えられるようにがんばるから見ていてくれよな!あ、けど、落とし物には気をつけろよ?またな!」
そう言って三月くんは太陽のような笑顔を残して改札を通って行った。しばらく呆然としていた私だったが、スマホの振動で我に返った。慌てて確認すると、それはこれから会う友達からのラビチャだった。
「そうだよ、早く行かなきゃ!!」
足早に改札で定期をかざして今や待ちくたびれている友達のもとへと向かう。呆れながらも心配してくれていた友達に謝りながら、告げた。
「ーー私、絶対にLIVEチケット当てるから!」
競争率の高いチケット戦争を共に闘っている友達は、強気だね〜!と笑顔だった。ハミングしながらスキップでもしかねない私の鞄につけられた定期が揺れ、それを守るように貼られているデフォルメされた三月くんが笑顔を見せてくれている。
友達と合流してランチ一直線だった私のスマホが鞄の中で一通のメールを受信していた。応募していたトークショーの当選結果を知るまで、あと少し…。
END