私のヒーロー


IDOLiSH7・四葉環の夢小説です。
ヒロインは小鳥遊紡ではありません。

きれいな西陽が窓からさしている。明日は晴れなのだろう。少しだけ夕暮れに見惚れていた私の耳に賑やかな声が入ってきた。
「いっくぞ〜!それーー!!」
「わー!ユウくんすごい!」
「へへん!だろ〜!?」
「私もやってみたーい!」
目を向けると、数人の子供たちが作った紙飛行機を飛ばしたり、絵本を読んだりわいわいと遊んでいる。ふぅと息を吐いて私は西陽を受けながら足を進める。
「はいはい、みんなもうすぐ夕飯の時間だよ!ほら、片付け片付け!」
「あ!なつ姉ちゃん!」
「なつお姉ちゃん!」
「うわ!もうそんな時間!?片付けろー!」
声をかけると、子供たちはそれぞれ私のことを呼ぶ。そして手にしたおもちゃを片付け始める。うん、いい子たちだ。
「よし!片付けたぜなつ姉!」
「うん、偉い!」
お兄さんぶりたい一番年長のユウの頭を撫でると、得意げな顔がより一層にこやかになっていく。そんなユウに続いて他の子たちも撫でてとせがんでくるので、応えてあげた。かわいい。
「よし、夕飯だ!いくぞおまえら!!」
「うん!」
「あッ待ってよ〜!」
「こら!廊下は走らないの!!」
全く仕方ないんだから…そう思いながらも元気でかわいい弟分・妹分たちに苦笑を浮かべる。先頭を走って行くユウの後ろ姿に懐かしさを覚えた…。

「なぁー、おまえなにしてんの?」
いきなり声をかけられて体がビクッと反応した。おそるおそる声のした方を見上げると、背の高い水色の髪の男の人が前屈みでこっちを覗き込んでいた。…誰だっけ、この人。
「…別に、なんにもしてない」
ふーん、と特に気にした風もない男の人を密かにじっと見てみる。初めてここに来た時に園長先生から紹介された気がするけど、と考えながら適当に答えた私の隣に、男の人は座り込んだ。その突然の出来事に目を見開いて今度はじっくり相手を見てしまった。
「……」
「……」
な、なに?隣に座ったんならなにか喋ってよ…と沈黙に耐えられなくなっていた私に相手はようやく口を開いた。
「ここさ、いーところだよな〜」
「…へ?」
「上見てみ」
わけもわからず言われた通りに見上げると、そこには透き通った天井しかなかった。はぁ?サッパリ分からない。
「…なにが?『いーところ』なの?」
隠すことなく怪訝そうに聞く私に相手の方が驚いた顔をした。
「はぁ!?おまえわかんねぇの??」
だからなにが!?バカにされたような気がしてもう少しで口を突いて出そうだった言葉は張本人によって遮られた。
「だって、ここ、空が見えんだぜ?」
相手の言いたいことはよく分からないけれど、その笑った顔になにも言えなくなった。
「ほら、もっかいよく見てみ?」
促されてもう一度見上げたそこには、さっきと変わらないはずの天井だったが、明らかに青空が鮮明に存在していた。その時抱いた感情は上手く言葉にならないけど忘れられない。
「…きれい」
「だろー??」
気づけば無意識に呟いた言葉に同意され、反射的に口を押さえる。顔が熱い。
「ここの天井、透き通ってんの、あれ、ガラスじゃないんだぜ?プラスチックなんだって。俺たちがケガとか、危なくないようにしてあんの」
あんな高いところだれもとどかねーと思うけどな〜、とケラケラ笑う相手に自然に口が動いた。
「アンタ届きそうじゃん。背高いし」
「おー、そう?じゃーいつかタッチしてやんよ!」
半分ぐらい冗談だったのに素直にニカッと笑う相手になんだかドキッとした…気がした。なにこれ?初めてだけど…?
「ーーおまえさ、いつも一人でつまんなくねぇ?」
突然投げかけられた言葉に今度はギクッとした。思わず相手を見ると、そこにはさっきとは打って変わってひどく真剣な顔をしていた。…なんで?知ってるの?
「俺、ここで一番ねんちょーだから知ってんよ。おまえ、こないだ来ただろ?えんちょーせんせいにも言われてようす見てたけどなんかあんまり周りとなじんでない気がした」
知らなかった。新入りの私のことを気にかけている人がいたなんて。胸がじわりと温かくなった。
「…人見知りだから」
私が小さくそう答えると、ひとみしり?なにそれ??と言わんばかりに首を傾げられたのでこの人いくつなの?って思ったっけ。たぶん理解されていなくて悲しく惨めになった。…こんな物おじしなさそうな人に、話さなければよかった。視界が歪んでいる。
「まーよくわかんねぇけど、ここのヤツらみんないいヤツだから怖がることねぇよ?」
溢れそうだった涙が止まった。震える唇が動く。
「…ほんとに?」
「うん」
「ほんとにほんと?」
「うん」
「ほんとにほんとにほんとにほんとにほんと?」
「そうだって!もーしんじろよ〜」
感情の起伏が激しい人なのかもしれない。大人っぽくて子供っぽいような。今だって真剣な目をして訴えかけている。なんだかおかしい。そう思って私はふっと笑ってしまった。
「あッもーなに笑ってんだよ〜!…ハハッ」
相手もつられて笑い出した。こんなに笑ったのは久しぶりだ。目尻の涙を拭いながら声をあげて笑った。ひとしきり笑ったところで相手が口を開いた。
「俺がおまえの友達第一号だな!友達になったからじこしょーかいしねぇと」
そう言って手を差し出された。
「俺、四葉環。よろしくなッ」
その日一番輝いた笑顔だった。
「私は朝日菜津。よろしく、おねがいします」
なんでけいごなんだよ〜、ふつーでいいってと差し出した手を握られた…。

それが四葉環との出会いだった。施設に引き取られてなかなか馴染めずにいた私にできた初めての友達。それから私たちはすぐに仲良くなって、彼は私を改めて施設の子たちに紹介してくれて輪の中に入れてくれた。…とても感謝してる。ずっと、そんな日々が続くんだと疑わなかったんだ…。

「…え?」
それは突然起きた。高校生になった彼が突然施設を出て行くことを知らされたのは。焦った私は本人に確認に行った。
「あー、うん、俺、出てく」
「…いつ?」
「来週」
なんでそんなに急なのッ…そもそもいきなりなんでッ…!
「ーー俺、どうしても理に会いてーんだ。俺のたった一人の家族だから」
だから妹を探しに行く、そう言う彼の目は真剣で、わりとオープンな彼の性格上話を聞いていたからもちろん事情は知っていた。けど、けどッーー!
「なにそれ…たった一人の家族って…」
「…菜津?」
どーしたんだよ?と声をかけてくる彼をキッと見上げる。
「環にとってこの施設のみんなは家族じゃないの!?」
言ってしまった…言ってはいけない言葉を。彼の目に動揺が走る。見ていられなかった。
「ーー環にとって私たちは家族じゃなかったんだねッ…」
居た堪れなくなった私は彼の前から逃げ出した。私を呼ぶ声が聞こえたけど立ち止まらなかった。

それから環と顔を合わせないようにして過ごした。そして、環が施設を出て行く日がやってきた。

「ん。じゃー園長先生、みんな、今までありがとうございました!えーと、長い間、お世話になりました!」
環っぽさが残った丁寧な言葉遣いで挨拶を終えて頭を下げた。
「こちらこそ。環くんに出会えてとても楽しかったわ。今まで年下の子たちの面倒を見てくれてどうもありがとうね。ここはあなたの家なのだから、いつでも帰ってきていいのよ。遊びに来てね」
涙を浮かべつつも笑顔で門出を祝う園長先生に環の目にも涙が浮かぶ。
「〜〜〜はいッ!!また、来ます!!!」
一際大きな声で返事をした環にすでに泣いていた子供たちが駆け寄る。
「たまきにいちゃーん!」
「たまにぃ〜!!」
「環兄ー!!」
「うわッ、もう〜おまえら泣きすぎだよ!俺まで泣いちゃうじゃんッ…また遊びにくるからな!」
子供たちを受け止めてその頭を一人一人と撫でていく。少しして落ち着いた頃、環が園長先生に尋ねた。
「せんせー、菜津は?」
「それが菜津ちゃんは朝から見当たらなくて…探してるんだけど。ごめんなさいね、環くん。こんな日に…」
「ん、いーって。せんせーは悪くねーし!ーーじゃ、俺行くわ!じゃなー」
「はい、いってらっしゃい!環くん」
「うす!」
まるでちょっとコンビニ行ってくるわのようなノリで環は施設を出て行った。

施設内を出た環はこれから向かう先が書かれた紙とにらめっこしていた。
「んーと、まずはここだな。それからこーいって、ここをーこっちいってー」
一人ブツブツ言っている環のいつも着ているパーカーのフードが突然引っ張られた。
「ぐぇっ!?なんッ…え!?菜津!?」
「……」
振り返るとそこには帽子を被った菜津が立っていた。その顔は帽子のツバで見えない。
「どこ行ってたんだよ?園長先生たちみんな心配してっぞー?」
「……」
自分を引き留めたのに一向に何も言わない菜津に代わって環が言葉を紡いでいく。
「ーーあんま先生たちに心配かけんなよな?」
そう言って菜津の頭を撫でる環に菜津はようやく口を開いた。
「ーー環、ごめん!こないだひどいこと言ってッごめんなさい!!」
そう言いきって菜津は糸が切れたのか肩を震わせて泣き出した。
「…ッ環が、本当、は私ッたちのこと、を…だいじに思ってくれて、るの…知ってるよ…分かってるけど…あの時はッ…ひっく…いきなりで、環がいなくなるのが…寂しくて…ひくっ…う〜〜〜」
それが菜津の本音だった。黙っていた環だったが、再び菜津の頭を優しく撫で始めた。
「ーーうん、知ってる、分かってるからさ。ありがとな、菜津。それに俺も言えなくてごめん。みんな家族だよ」
環の優しい声音に菜津は頷いた。
「それにさ、俺、施設は出たけどいなくなんねぇよ。これからも帰るからさ、その時会おう」
菜津が見上げると環はいつかの懐かしい笑顔で、今度は手ではなく、指を差し出してきた。
「指きり、しよ」
菜津は戸惑ったが、おずおずと環の指に自分の指を重ねた。
ゆーびきーりげーんまーん、と歌い出す環は子供らしかったが、その声には隠しきれないなにかがあるように思えた。
「ーー約束、な」
「うんーー約束だよ」
二人は笑い合った。少しして荷物を抱え直した環が菜津に告げた。
「じゃな、菜津。また今度なー」
「うん!がんばってね環!!…ッありがとうーーー!!!」
手を振る菜津に環も手を振って新しい道に向かって歩き出した…。

「なー、なつ姉ってたまに俺のことじーっと見てねぇ?」
夕食が終わって皿洗いをしていると、ふいに年少組の中で最年長のユウが話しかけてきた。思いがけない質問に菜津の手が一瞬止まった。横目で隣を見ると、ユウはなんだか真剣そうな目をしていた。…一瞬で懐かしさが甦ってきた気がした。
「なーに言ってんの。見てないよ」
「嘘だ!」
「気のせいじゃない?」
「いーや見てるね!絶対!!なーなーなんで??」
話を逸らそうとしたのになんでこういう時に限って誤魔化されてくれないのッ。〜〜しかもやたら食いついてくるッ。…本当、こういうところーー
「さあね、大人は気まぐれなのよ〜」
適当に、だけど私の方がユウより年上なのは事実なのでなんてことなく告げた。これで収束して、と願う。すると、ユウはなにを思ったのかムッとしたような顔をしてスポンジを持って泡立て始めた。
「俺もなつ姉手伝う!!…アイツらより大人だからなッ!」
「え?ちょっとユウ?どうしたの?」
「知らない!」
なんでか知らないけれど、ムキになって皿洗いをしてくれてるおかげで早く終わりそうだからラッキーかな。
「ありがとね、ユウ」
「…別に。なつ姉、タマ兄が出て行ってからここの最年長だってがんばってるの、俺知ってるからさ!こんくらい俺がやってやんよ!」
ふてくされていたはずなのにだんだん笑顔でニカッと笑って言うユウに普段閉じている感情が一気に溢れ出てきた。その、言葉…言い方…なに、なんで…
「?なつ姉、どしたん??」
「〜〜なんでもない!ほら、手動かして!手伝ってくれるんでしょッ」
「おう!任せろッ」
ーー似てるのよ。

頬に流れてきた涙をユウに気づかれないように拭ってから、食器洗いを再開させた。まだまだシンクには大量の食器がある。すべて洗い終える頃にはこの懐かしさにも笑えるようになっていたい…。

環、アンタの活躍見てるよ。
ずっと応援してるから。
これからもがんばってね!

ーーあなたは、私の恩人で

初恋の人だからーー

END

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