走れ、橘!!
橘桔平の夢小説です。
ヒロインの名前は固定です。
少しだけ神尾×杏の要素があります。
アニメ22話『薫の災難』をベースに脚色しています(海堂は出てきません)。
結構前に創作したものなのですが、現代に合わせて携帯をスマホ、メールをLINEに変換させています。
「美咲。購入する備品のリストを見せてくれないか?」
不動峰中学校男子テニス部。日々練習に励んでいるだけに今日は部活のない貴重な日だった。そのため他の部員たちはそれぞれ自由な時間を過ごしているが、部長の橘とマネージャーの美咲は部室で備品の在庫管理を終え、スポーツ用品店に向かっているところだった。
「はい、これです…ッ!?」
美咲がリストを渡そうと差し出した時、思ったよりも橘との距離が近かったために驚いた。さらに一瞬のこととはいえ、かすかに橘との指が触れ合ったことに美咲は慌てた。
「ありがとう、悪いな」
「い、いえ〜…」
受け取ったリストに橘は目を通し始めた。一方の美咲は速くなった鼓動をなんとか抑えようと一人格闘していた。
(わ、わわわわわ忘れてた〜〜〜!!!い、今、橘先輩と二人きりだったんだった!!いつも神尾くんたちがいるから忘れてたよ〜!)
「…咲?美咲?どうかしたのか?」
「え?…!い、いえッなんでもないです!きょ、今日は暑いな〜と思ってただけで」
美咲はパタパタと手で火照ってしまった顔に風を送るが、効果はあまり期待できない。…ぜ、全然涼しくならないやと内心へこんでいる美咲に橘はフッと笑った。
「まったく…キリッと仕事をしていたかと思えば赤くなったり…忙しいヤツだな、おまえは」
(!!赤くな…ッ!?必死に隠してたのにバレてた!?わわ!恥ずかしい!!)
今度は頭を抱えてなにやら挙動不審の美咲の様子に橘はおかしそうに笑った。
「ーーほら、買い物に行くぞ」
美咲の頭をポンッと軽く叩いて橘は歩き続ける。美咲はふいに与えられた橘のぬくもりに頭を押さえてから、わずかに微笑んで彼の後を追った。
スポーツ用品店で会計を済ませている時だった。美咲がふとウィンドウに目を向けると、見慣れた人物が高速で嵐のように過ぎ去って行った。
(え?い、今のって…あの俊足は、神尾くんだよね??)
なんだったんだろ、と思っていると、今度は美咲のスマホにLINEが届いた。
(LINE?え、杏ちゃん??)
美咲はLINEを起動させた。
【ごめん、美咲!お願いがあるの。今すぐいつも使ってるテニスコートに来てくれないかな??あ、お兄ちゃんには内緒でお願い!!】
内容は橘の妹の杏からであり、切羽詰まっている様子が窺えた。
(橘先輩に内緒で!?一体なにが起きて!?って分からないけど…と、とにかく急ごう!!)
美咲がそう決めた時、ちょうど橘は会計を終えたところだった。
「よし、備品はこれで揃ったな。それじゃ学校に戻ってーー」
「た、橘先輩!あの、その…私、この後ッ」
「ん?ああ、なにか用事があるなら先に帰っていいぞ。後は部室にこれらを置くだけだからな。部活のない日に付き合わせてすまなかった」
「いえ、そんなことは!…すみません!そ、それじゃ私、先に失礼しますね!お疲れ様でした!!」
「あ、ああ…気をつけてな」
気遣ってくれる橘に対して嘘をついた申し訳なさを感じながらも、美咲は杏のいるテニスコートに急いだ。
テニスコートに着いた美咲は、まず最初にいつもストリートテニスをしている人たちがいることを確認した。
「いつもここでテニスをしている人たちだよね、うん。その少し離れたところに…あれ?あそこにいるのは確か青学の桃城くん。それに神尾くんにーーって、あ、杏ちゃん!?なんで杏ちゃんが男の人に腕を引っ張られてるの!?な、なんだかよく分からないからもう少し近づこう!!」
美咲は状況を把握するために現場に歩み寄った。
「…なんだかもめてる?」
案の定、近づいたことで会話が聞き取れてきた。
「なによ!ちょっと離して!!」
「おいおい、アンタが言ったんだろ?コイツらと戦って勝ったら、アンタがデートしてくれるって」
(デート!?杏ちゃんが??)
美咲が聞こえてきた会話に耳を疑っていると、神尾が杏に駆け寄った。
「杏ちゃん!なんでそんな啖呵きったの!?」
抵抗する杏に男も腕を離した。
「だってコイツらがストリートテニスのことッ」
「弱者の溜まり場、だろ?」
(な!なんて失礼なことを!!)
平気で暴言を吐き捨てた男に反射的に体が動いた美咲はその場に飛び出した。
「杏ちゃん!!」
「美咲!?」
「綾瀬!?」
杏に駆け寄った美咲の姿を確認して杏自身と神尾、桃城も驚いた。
「杏ちゃん!大丈夫!?」
「う、うん。美咲、ありがとう!来てくれたんだね」
「当然だよ!」
そこで神尾が疑問を口にした。
「綾瀬。なんでおまえがここに!?今日は橘さんと備品の買い出しのはずだろ??」
「そ、それはさっき杏ちゃんからLINEがきて…あ、もちろん買い出しは終えたから大丈夫だよ!…そういえばさっき神尾くんを見たよ、一瞬だけ。なんか急いでたみたいだったね?」
「それは…この青学の桃城に俺のチャリ盗まれたからよー!」
「なッおまえ!人聞き悪いこと言うんじゃねぇ!!」
「はぁ!?本当のことだろ!!」
張り詰めていた空気が一気にまるで漫才ムードのようになってしまったことで存在を忘れかけられていた男が不機嫌そうに大声を上げた。
「おい!まさか俺様のことを忘れてるんじゃねぇだろうな!?」
安心していた美咲と杏、言い争っていた神尾と桃城だったが、そういえばそうだったと現実に引き戻された。
「な、なによ!まだこだわるつもり!?」
「杏ちゃん!やめろ!!」
気の強い杏がくってかかろうとしたのを神尾が止めたところで、男が再び口を開いた。
「ーーいーや、おまえじゃねぇ」
男の意味不明な発言に皆が呆気にとられた。その男は怪しげに笑い、杏には手を伸ばさなかった。
「この女だ。この女がしゃしゃり出てきやがったせいでさっきの話が流れた。そうだな、樺地?アーン?」
「ウス」
なんと男はターゲットを杏から美咲に変え、彼女の腕を強く掴んだのである。
「な…ッ、ちょっと!離して下さい!!」
美咲が振りほどこうと必死に抵抗したが、男の力には敵わなかった。
「ちょっとアンタ!美咲を離しなさいよ!!」
「おまえ!綾瀬になにしてッ」
「うるせえ!俺様は今、機嫌が悪いんだよ!!それもこれも全部この女のせいだ…責任はとってもらうぜ?そこの女の代わりだ。これから俺様に付き合いな!!」
男の慣れたような命令口調と威圧感に恐怖を感じた美咲は声が出なくなった。
(な…ッ!こ、声が出ない!?そんな!!)
「アンタ、卑怯よ!元は私なんだから美咲を巻き込まないで!!…いいわよ。約束通り私がデートするから美咲を離して!!」
「ダ、ダメだ!杏ちゃん!!それだけは絶対に!!!」
「さっきから黙って聞いてりゃいけ好かない野郎だな…!女の子には優しくしないといけねーな、いけねーよ!!」
尚も男にくってかかる杏とそれを必死に止める神尾、部外者ながらも男の態度に挑発された桃城を見ながら、美咲は自分が騒ぎを大きくしてしまったことに罪悪感を感じて自己嫌悪していた。
(どうしよう…私のせいだ…!もしも乱闘騒ぎにでもなってしまったら!?止めなきゃ…!け、けどこの人…怖い!!)
まるで一触即発のような雰囲気の中、ぎゅっと目を閉じた美咲は心の中で強くある人のことを想った。
(ーー橘先輩!!)
その時、美咲の腕を離さずにいる男の手を勢いよく横から伸びてきた誰かの腕が掴んだ。その振動でおそるおそる目を開けた美咲の視界に映ったのは見慣れた人物だった。
「ーーその辺にしてもらおうか」
美咲が聞き慣れた、そして待ち望んでいた声を聞いた瞬間、恐怖は一気に消え去った。
「ッた、橘先輩…!!」
やがてクリアになった視界で美咲は確かに橘の姿を確認した。しかし、その橘の表情は今まで見たことがない、怒りの顔だった。
「なんだ、おまえ?コイツらの知り合いか?アーン?」
「うちのマネージャーと部員、それと俺の妹。そして青学の部員だ。…それより、いい加減その腕を離してもらおうか」
そう低い声で言った橘は美咲の腕を掴んでいる男の手を振り払い、庇うように彼女の前へと進み出た。
「ーーうちのマネージャーに手を出すな」
(橘先輩…本当に来てくれた…!)
「マネージャーに部員、か。なるほどな…おまえもテニスプレイヤーなんだな?」
「ああ、そうだ」
答えた橘に男はさらに質問を投げかけた。
「一応、名前を聞いておくか」
「不動峰中の橘だ」
「フン、聞いたことねぇな…まぁ、いいか。俺は氷帝学園の跡部だ。試合で当たった時が楽しみだぜ」
「望むところだ」
都大会を前に橘と跡部はすでに火花が散っている様子だった。
「帰るぞ、樺地」
「ウス」
そう言い残して跡部は去った。跡部の姿が完全に見えなくなったのを確認してから、橘は美咲に向き直った。
「大丈夫か?美咲」
「は、はい…大丈夫です」
そう言いながらも、力が抜けてその場へ座り込んでしまった美咲に橘は慌ててしゃがんだ。
「み、美咲?本当に大丈夫なのか!?腕の痛みは?他にはなにもされていないか?」
「はい…ただ、その安心したら力が抜けちゃったみたいで…あ、あれ?」
安心した美咲の目から涙が溢れて流れ出した。
「ご、ごめんなさい。本当に安心したら勝手に…」
涙を拭って止めようとする美咲の頭を橘は優しく撫でた。
「ーー謝らなくていい。おまえが無事でよかった…美咲」
「橘先輩…助けてくれてありがとうございます」
自分の言葉に頷いた美咲に橘も安心したように微笑んだ。
「ごめんね、美咲!」
橘との会話が一段落したところで、妹の杏が美咲に駆け寄ってきた。
「私がここに美咲を呼んだばかりに巻き込んじゃって!本当に…ごめんね!」
今にも泣きそうな杏に美咲は安心させるように言葉を伝える。
「ううん、私は大丈夫だから謝らないで。杏ちゃん。それに友達のピンチに駆けつけるのは当たり前だよ!…まぁ、その…余計に騒ぎを大きくさせちゃって申し訳なかったよ。けど、杏ちゃんになにもなくてよかった!だから気にしないで」
「そんなことない!美咲が来てくれて嬉しかったよ!!うう〜…美咲ッ!」
ついに杏は美咲に抱きついて泣き出した。美咲は泣かないで、と杏の背中をポンポンと叩いていた。
「それで、神尾。一体なにがあったんだ?」
橘は桃城と同様、すでにリラックスしていた神尾に問いかけた。神尾は歯切れ悪く答え始めた。
「え!?あ〜その、それが俺も途中から来たので全部は知らないんですけど…どうやらあの跡部ってヤツがストリートテニスをバカにしたらしくてそれで、その〜」
「ん?どうした?」
「あ!?いえ!なんでもッ」
「ーーそれで、橘さん。アンタの妹が怒ってここにいる全員と勝負して勝ったら自分がデートするって約束をしたらしいっスよ!」
あえて言葉を濁していた神尾をよそに桃城が平然と答えた。
「も、桃城!テメェ!!」
「な、なんだよ神尾〜!?おまえが言いにくそうにしてたから代わりに答えてやったんじゃねぇか!」
「ち、違う!俺はッ」
「神尾。今、桃城が言ったことは本当なのか?」
橘のいつもより低い声で問われた神尾はビクッとしてから頷くしかできなかった。
「そうか…杏!」
橘の大きな声で呼ばれた杏はギクッとして振り向いたが、彼になにか言われる前に神尾が口を開いた。
「橘さん!杏ちゃんを怒らないであげて下さい!そりゃ、出した条件はやり過ぎだと思いますけど、杏ちゃんは杏ちゃんなりにストリートテニスを侮辱したアイツらを懲らしめたかっただけで…ッ」
「だからと言って無茶をし過ぎだ。杏、二度とこんな真似はするなよ!」
橘の兄としての威厳ある言葉に杏は気まずそうに頷いた。
「それにしても、橘さん。よくこの場所が分かったっスね!」
一件落着した後、なにげなく桃城が口にしたことで橘は動揺した。なにも返せずにいたところ、桃城が続けてきた。
「やっぱ部長ともなるとすごいっスね〜!」
事情を詳しく知らない桃城だが、詮索することなく納得してくれたことに橘は心の中で感謝した。一方で熟知している杏と神尾は密かに橘に目を向けて意味ありげに笑っていた。
その後、桃城は神尾に自転車の修理代の件を後に連絡すると言われ承諾して帰り、神尾は杏に声をかけられて明らかにハイテンションで帰路についた。
「あれ?そういえば橘先輩」
「なんだ?」
「どうして橘先輩はあのテニスコートに私たちがいることが分かったんですか?」
帰り道で美咲の時差のある質問をされた橘は一瞬、鞄を落としかけた。
「あの時、私は杏ちゃんに口止めされていて話してなかったから…どうしてだろうって思ったんです」
(い、今頃それを聞くか?…まぁ美咲ならありえるか)
橘は心の中で盛大なため息をついた後、自分の隣で真面目に思考を巡らせている美咲を見ながら困ったように笑った。
「ーーああ、それはな…」
「あ!もしかして私がいつのまにか口を滑らせていたとかですか!?じ、自分のことながら…ないとは言い切れない!!だとしたらごめんね、杏ちゃ〜ん!」
自分で質問しておきながらまったく答えを聞く準備のできていない美咲は、今ここにいない相手に謝り始めた。このままでは埒があかないな、と橘は美咲の肩を引き寄せた。引き寄せられた美咲は橘の肩に寄りかかる体勢になった。
(!え!?えぇ〜!?な、なにこの状況は??た、橘先輩が近い!!)
頭の中は混乱しきっているものの、目に見えて美咲の様子おとなしくなった。橘の手は美咲の頭に添えられたままで二人の距離はとても近かった。
(あれ!?なんの話をしていたっけ??も、もうこの状況でなにがなんだか〜…とりあえず落ち着いて心臓〜!)
ドキドキと速まるばかりの鼓動と赤くなる顔を必死に抑えていると、橘が静かに口を開いた。
「ーー落ち着いたか?」
「え!?それはもうバッチリです!!」
嘘です。ごめんなさい、と心の中で謝る美咲に橘は顔を彼女とは反対側に向けながら静かに呟いた。
「備品を買い終えて去って行く時のおまえの様子がおかしかったからな…必死に探したんだよ」
「橘先輩…」
見上げる美咲から少しだけ見える橘の頬は赤いようだった。周りから鈍いと言われる美咲にはその理由までは分からなかったが、橘の優しさは十分に伝わった。
「橘先輩」
「ん?どうした?」
振り向いた橘に美咲は改めてお礼を伝えた。
「本当にありがとうございました!」
笑顔の美咲に橘もつられて微笑む。至近距離でしばらく見つめ合った後、我に返った二人は慌てて離れた。
「す、すまない」
「い、いえッ」
少しの沈黙の後、一度咳払いをして橘が口を開いた。
「今日は杏がすまなかったな。おまえを巻き込んでしまって…杏のヤツも俺を呼べばいいものを…まったく。怖い思いをさせてしまって本当にすまない」
律儀に謝る橘に美咲も告げる。
「謝らないで下さい。杏ちゃんは大事な友達ですから、当然のことをしたまでです!杏ちゃんも橘先輩に心配をかけたくなくて内緒にしたんだと思います」
「そうか…ありがとな」
「はい!…それに、私も橘先輩が来てくれて嬉しかったです。とっても安心しました!」
そう言って頭を下げる美咲に橘の笑みも深くなる。それはよかった、と橘は美咲の頭を撫でた。少しはにかんだように笑う美咲とそれを見て満足そうな橘。二人の心の中には温かいものが広がっていた・・・そんな帰り道だった。
一方、杏を送っている神尾はリズムに乗って話していた。杏も楽しそうにしながらも、やがて兄に対してダメ出しを始めた。
「あ〜もう!本当にお兄ちゃんったら奥手なんだから!普通あの場面じゃ抱きしめるぐらいするでしょうよ!ねぇ神尾くん??」
「えっ…い、いや〜どうかなぁ?橘さん硬派だし、まだちゃんと付き合ってるわけじゃないし」
「そうなのよね〜!そこが一番の問題!まったくお兄ちゃんは美咲のようなタイプにはもうちょっと強引にいかなきゃダメなのに〜!」
そんな杏を横目に神尾は一人思っていた。
(お、俺も杏ちゃんに強引に…ッて!できねぇよ〜〜〜)
「聞いてる?神尾くん」
「え!?ああ、もちろんだよ!た、橘さんはもっと綾瀬に強引にいけばいいのになぁ〜!」
同意してくれる神尾に杏は嬉しく思った。
「いつも聞いてくれてありがとね、神尾くん!」
「!あ、ああ!もちろんだよ!」
杏の笑顔にドキッとしながら神尾は全力で同意した。こちらはまだ不透明だが、どこか温かさを感じる・・・そんな帰り道だった。
END