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⑤ スーパーマーケットで

暑かったきょう、海辺と町をおとなたちとぐるぐる歩きました。
1万5千歩になりました。
帰ってまた犬と畑やスーパーマーケットのそばをぐるぐる歩きました。

スーパーマーケットの閉店に間に合うように飛びこみます。
急いで果物のコーナーから見ていると
「こんにちは」
3年前から知っているある男の子です。
久しぶりに声をかけてきたこの子が、とても明るい顔をしていました。
「ぼく、ここにまた配属になったんです」
「あっ、そうなの?へえ、頑張ってるね。もう社員さん?」
「いえ、アルバイトですけど」
でも、なんだかいいことあったかな?
そう思って顔を見ると、
「前よりも家からとおくなったんですけど」
「そう?そうか。うちはBスーパー(前の配属先)の近くだもんね」
「ああ、でも最近A町に替わったんです」
「ええっ?ご家族といっしょなの?」
「いえ、ひとりです」
「えっ!すごいじゃん!おめでとう!やったね」
「はい」
「いつから?」
「最近で、まだ一週間です」

男の子はにこにこしています。
18歳。
この子が15歳の、夜間高校に行き始めたころに知り合いました。

小さなころからいろいろと苦労をしてきているのを知っていました。

夜間高校も行き詰ってやめようかと思う、そんな前後に
たくさんの話を聞きました。

それは現代の地方の、やるせない家族の状況でした。
親のゆがんだ感情を一身に受けて、一時は保護施設にもはいっていたこと。
その後のもっと不幸な事件。
いつも、なぜだろうか怪我や事故にばかり遭っている子で、
さみしそうな眼をして、ときどき偶然のように
お菓子をたずさえてうちへ来てくれる時期がありました。
純粋なこころがガラスみたいに
もろいのに
饒舌でそれをおおってしまう子。
じぶんネタの冗談を連発する合間に話してくれたのは

保護施設でした草むしりのこと。
専門用語のアイゾーンそしてティーゾーンのこと。
小学生のころ夏やすみに自転車で家を出たまま
飛騨まで行き それからひと夏を
山に一人で過ごしていたこと。
そのとき会った人が、みな近所のコドモと思って疑わなかったこと。
足に5キロずつ錘をつけて立ち仕事をしていること。
ときどき意識を失って倒れること。
繊細なイラストやじぶんで書いた物語を見せてくれもしたっけ。
でも、生活のための仕事と
料理や家事と、家族のための用事で
寝る間もない彼が 
ひとりで夜明けの海へ行き
テトラポッドで過ごすときに
やってくるのは海辺ののらねこで。

そのどれもが
ありそうになくて
驚くことばかりだった。
あるときからふっつりと遠ざかり
町や勤め先で会ってもあいさつもしないときが二年くらい過ぎていました。
彼の今年の誕生日に、職場にいたその子に会い おもい出して
おめでとうをいって以来でした。
はっとするほど白い歯を見せながら、いまの住まいのあれこれを
語ってくれる彼は白いポロシャツ姿でまえよりもさらにたくましくなっています。
それはあり得ない条件で あり得ない家賃でした。
さらに、あり得ない縁で電化製品がすべて手に入ったということを聞きました。

「ヒューヒュー、さすがだね」
それから励まし
じぶんのことなどを
そうしたら
ほんとうににこにこして
「はい、また聞かせてください」
「うん、またね、がんばって」
そういって別れたのでした。

でも私は知っています。オトナへの第一歩を踏み出した
男の子がこころのなかに
ちいさなちいさな人をそっと連れているだろうことを。
そしてたぶん、彼も
私がまた、見た目とはうらはらに
かれと同じように、こころのなかに
ちいさなちいさな人を
連れていることを
知っているのです。

子どもたちとの週末の写真では
霧のなかから子どもたちの笑い声が聞こえます。
子どもの心、こどもの精神。
子どもの美しい心をやどしたまま
いられるなら!
かれらこそ、ちいさなちいさなひとの
王国の住人!
その声とこの霧、もう一度チャージするんだ、このみどりと赤を。
その向こうは海だから。
ゆめに子どもの笑い声を。

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