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19海月


  海月

      0.

くらげの出るけん
 盆のきたら海はいかん
 
       母はいい 
        父はいった

しおしおと雨のふる海のすなを
すあしでふむ

水くらげが浜に流れついている
 白い無数の漂着にたったひとつ
 生きてるものが泳いでいる

     ほんわっ
ほんわっ

犬が見つけて鼻をよせながら水にはいる
刺されないかとみまもっていると
くらげは犬をとおりすぎて
からだをふくらませ 触手を伸縮する
   
     ほんわっ
     ほんわっ
ほんわっ

ああ ひたむきに 砂地をめざしている

 おい  もう そこに水はないぞ

半透明なゼリーの
累々とした屍には
おおきいのとちいさいのとある
いちばん大きいのは私のかおくらいある
のったりしている上にもりあがっている

  そっと足をのせてみる
 わたしの蹠はたしかにはじめてのものをふむ
   それはぬれていてもりあがり
  かぎりなくなめらかで 足のうらの弓に
  ぴったりとすいついてくる

        つるりとすべる
          またのせる
        つるりとすべる
      水は浅く
     砂はやわらかく すべった足を
      うけとめる
  のせる
  ふむ
   足の拇をめりこませる
つぶれる
  息がとまる
    ペニスのさきっぽの
     なめらかさに思いあたる 
       それを外界でみつけておどろいている

ほかのものもおなじようにしてみる

    犬もひとつみつけ
     だが
    ふんだりしないで
      そっと嗅いで行ってしまった
犬のほうがわたしよりもはるかに
   品格のあるふるまいをする
 わたしは少し歩く
プラスティックの容器をみつける
赤いふたに
水色の胴体のそばには
からすの羽根がおちている

砂地が流れてくる伏流水に
深いみぞをかたちづくる

汀に
腐りかけたなすがいくつも流れついている
   足のうらに水くらげのかんしょくを残している

   だが私の足のうらは
   ひだもやわらかさももちあわせない
   私はなかば砂に埋もれながら水に洗われる
くらげの表面をふむ
      濡れている
     蹠にペニスと膣の双方の感覚を
    つぎつぎに味わう

      ざらざらしているのもある
      古いものがそうなのかと推察している
   きのうからきょう
        産卵を終えて
    命のつきた水くらげではないかと思う

   ほたるいかのように
   全員が女のくらげかもしれない

      ふむ
      ふむ
      ふむ
      ふむ

   足のうらの皮膚の厚みの傲岸ぶり

        ゼリーのふるふるをふみにじる

       足をめりこませてこわしてみる
         かたまりとなっているくらげは
         ただ ころがっている

      犬は烏を追って行ってしまう
     烏は防波堤の上と下にひとつがいいる
         下のに犬はかけよる
烏は翼をひろげて迎え撃つかに見える
それから ゲルルルル と威嚇しながら
犬の頭を越え舞いあがる

     2.

少しあるくと
     玉ねぎがしんを上にしておちている
    食べられそうなくらいに
      白い新しい色で少し水にほとびはじめている
   玉ねぎをふんでみる
               
     ゼリーはよかった
      ああ 象徴主義  脆弱な世紀末か
快楽をつかのまあじわった心地がした

          玉ねぎときたら 実存だ
            芽をいだく伽藍だ
                  
            ゆえにわれあり
            と かたい頭が
        私のあしのうらに
         いらへるここちのして
            そのとがり頭を
           土ふまずのくぼみに
          ぴったりとおしあてる
       かっちりとスイッチを入れるように
        おしあててふんでも
         こわれない
   
     この偏屈め
    理屈をいいだしそうに抵抗している
   時間を思い出させる
     リマインダ―め

       なすをふみにいく
      くさりかけているのをさけて
    あたらしそうな方を ふむ
    足のうらに質量がかんじられる

     今朝も包丁で切って
        いためた円いなすだ
ふみごたへのある
        丸みがあしうらをおしてくる

       3

          水くらげの上に
      雨は
        ふるふる
        雨はふる

          私はなすにおされている
           水くらげにおされている
            玉ねぎにおされている
       ところてんになっておしだされ
      たくさんの自己という
        細片になり
それをもう一度とり出して
        つるりとしたかどかどを
           検証している

     とがっているのか 
      やはらかいのか
       ペニスなのか 膣なのか

      核をついているのか
      あたらうわっつらだけなのか

      パンチをくりだすときは
       あいての脳天を狙ふとよい
         顔を狙へば
      手前の空を切る
      正確に顔にあてるには
    脳天を狙へ 正拳から少しねじって
      拳法の極意と にわたずみの 雨の空

        細片となったコギトを
       かくしてうらおもてなく 干しあげる
 
       
      波の洗う音に
        世界が倒立して
      平和を運びこみはせぬかと
      沖を睨んでいる

    水くらげをつかみ
      立ちつくす
       ほふる
       放る
      屠るものは我だと
     女のひとの形をした自分がいう

        4.

くらげの出るけん
         盆のきたら 海はいかん 
       母はいい 
        父はいった 
         夏休み
          海はあこがれだった
           つれていって
            というたび
             盆過ぎたら 海はいかん
             とふたりはいった
              盆はいつ?

            もう盆たい

            そういわれたらさいご
             それっきり
           海へはいかれない
    くらげと盆が盾にされて海は私から遠ざかる
      あこがれが遠ざかる
          私は盆がきらいだった

       謂いの一致した ふたりはそろって
         決して私をほめない
    ふたりは同じやり方でたばこを吸い
       煙草をもみ消した

       ふたりは同じテレビの場面で笑った
    ふたりは同じくらい憎しみをいだきあい
    それぞれの悪口を思うさまはき出した

    二人は 私が十三のとし
      別れを決定的にした
     はじめから決めていたといい

        その二人が
         同じ謂いで 盆のすぎには
        くらげの出るけん と
       海に行くのをきらった

      浜でくらげをみたとき
       私はあたりをみまわした
        声をきく思いがした

     ここには親はいない
      ここには妹もいない
       ここには友もいない
    私と犬がいるだけだ
      私はおとなだから
       車を運転する
       泳ぐ
なんなら犬を助けることもできる
      盆であろうとなかろうと海辺に棲み
したがっていつきてもよろしいのだ
        

   犬に導かれ海を歩く
     犬はまなざしで私に発令する
        のみならず吠えまくる
        ゆけ つれてゆけ
       こい とまれ
        窓をあけろ 出せ
       帰りをつげ ゆきをつげる 私の犬

    5.

だが雨は
 犬を腰ぬけにする
  雨の海へ犬ならいかない
  走るものも
   歩くものも つり人もない
   海浜公園の芝の上に ゴルファーもこない

雨の海へは たれもこない
   ただ私ばかりだ

 雨ふる海に川が流れこんでいる
雨は絹糸のようだ

一本で天から下がってくる
  私はそれをみるのが
    むしょうに好きだ
   その雨にぬれるのが 
   むしょうにすきだ
   雨糸はぬるくて
   しっぽりする
    さみしくなんかない
  
  人の話し声より
  親しみふかく 
   話しかけてくる
    天の言葉を 霊しき
    奇しき 魔法のことばを

   友とはこの糸雨だ
     友とはこの海のおだやかな波だ

 くらげが無数に打ちあげられて
寄せものにつくられた歴史が雨の岸辺をあらっている

水くらげの上に
      雨は
        ふるふる
        雨はふる

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