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バターナッツ狂詩曲 その5



扉が開くと、そこは見事な会議室だった。
円卓の中央には痩身で背筋が伸び、渋みのある銀髪と鋭い目元が特徴的な国王が微笑みをたたえて私を迎えていた。年齢を重ねた品格と威厳を感じさせるその佇まいは、どこか安心感を与える。

「ようこそ、Ricaさん。」
国王は柔らかくも低く響く声で話し始めた。
「あなたがここに来てくださったことを心から嬉しく思います。さて、国家機密大臣、今日の会議の趣旨を彼女に説明してくれるかな?」

恭ちゃんは、胸を張り、少し威張ったように立ち上がった。
「Ricaさん、これはね、『国家物語会議』って言うんだ。円卓のメンバーが集まって、国民たちに最高の一日を届けるための物語を考える会議なんだよ。心配しなくていいから、最高にクリエイティブで、感動的で、楽しさいっぱいの物語を作り上げるからさ。」

国家という言葉に違和感を感じて私は尋ねた。
「国家物語会議?何のためになぜ、国家が物語会議を開いているの?」

恭ちゃんは少し口元をゆるめて、不自然に笑った。
「まぁ、細かいことを気にしなくていいんだよ。要するに、国王陛下は国民を幸せにしたいってことさ。それだけわかれば十分だろ?」
「でも、物語で国民を幸せにするって、具体的にどういうこと?まさか、国家に都合の良い唯一の物語で国民を洗脳してるの?」と私は食い下がった。

恭ちゃんは驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔を取り戻した。
「はは、そんなことするわけないじゃないか。考えすぎだよ、Ricaさん。」

その時、国王がやわらかな笑みを浮かべ、言葉を添えた。
「Ricaさん、どうか誤解しないでください。私たちが目指しているのは、純粋に国民たちに笑顔で満ち足りた一日を送ってもらうことです。」
国王は穏やかに語り、場を和ませた。
「まずはリラックスして、この場の空気を感じてみてください。それからでも遅くはありませんよ。」

国王の説得力ある声に、私は少し納得しつつも、まだ何か引っかかるものを感じながらも頷いた。

そして、恭ちゃんに導かれ席に着いた。その瞬間、騎士たちが一斉に立ち上がり、順番に自己紹介を始めた。



ミヤザン


最初に立ち上がったのは、和服を着て落ち着いた雰囲気のミヤザンだった。
「私はミヤザン。自然と調和し、心の豊かさを紡ぐ物語を得意としている。」
彼は胸に手を当て、穏やかに微笑みながら続けた。
「例えば、かつて森が荒れ果てた地に精霊たちを呼び戻し、蘇らせた物語…国民たちはそれ体験して涙を流したよ。」
そして、少し意地悪そうな表情を浮かべて続けた。
「まぁ、精霊たちはちょっと気難しくてね。交渉のために三日三晩、木の葉を枕に寝たんだよ。腰が痛くて今でも忘れられない。」



イオロン


次に立ち上がったのは、エネルギッシュな眼差しを持つイオロン。
「イオロンだ。私が提案した火星移住の物語、覚えているか?未知の世界を探検し、誰も見たことのない風景を見せたとき、国民たちは驚嘆し、心を揺さぶられた。それが私の功績だ。」
彼は堂々と胸を張り、未来への情熱を語りながら、少し肩をすくめて微笑んだ。
「ただし、酸素の問題をうっかり忘れててね。最初の試作では全員が火星風のマスクを着ける羽目になった。まぁ、エコなファッションだったと言えるかな!」



ジェフォス


三番目に立ち上がったのは、スーツ姿がよく似合うジェフォス。
「ジェフォスだ。効率的で豊かな一日を提供するのが私の得意分野だ。」
彼は少し控えめに笑いながら話を続けた。
「以前、全員が一度に欲しいものを手に入れる『即時配送の日』を演出したときの感謝の声は、未だに耳に残っている。」
そして軽く笑って言った。
「ただ、配送ドローンが渋滞を起こしてね。一瞬、空がドローンだらけになったんだ。それを見た国民たちは、大笑いしてくれてね。それが思わぬ大成功だったよ。」



ステーボ


続いて立ち上がったのは、洗練された佇まいのステーボ。
「私はステーボ。シンプルで美しい体験を作ることに注力している。」
彼はゆっくりと語りながらも、その目には確固たる自信が感じられた。
「例えば、全員が自分の中に隠された才能を見つける物語を描いたとき、どれだけ多くの人が自分を信じるようになったことか。」
彼は少し考え込んでから、穏やかに続けた。
「ただ、才能の発見を競い合いすぎて、みんながピアノの名手になりたがったのは予想外だったよ。結局、誰が最も優れたピアノ演奏をするかの決戦になったけどね。」



ザカルク


控えめな微笑みを浮かべたザカルクが立ち上がった。
「ザカルクだ。みんなを繋げることが私の使命だ。」
彼は静かに語りながら、優しさに満ちた言葉を続けた。
「一度、全員が心の中で誰かと繋がる『心の絆の日』を企画した。それ以来、国民の間に生まれた連帯感は、今でもこの国の誇りだ。」
そして、少し照れくさそうに笑いながら付け加えた。
「ただ、最初は全員が繋がりすぎて、プライバシーがなくなりかけたんだ。急いで修正したけど、あれは本当にヒヤヒヤしたよ。」



ラペイン&セリオン


双子のラペイン&セリオンが同時に立ち上がり、声を揃えて話し始めた。
「僕たちはラペイン&セリオン!」
「全ての知識を分かち合い、学びの喜びを与えるのが私たちの役割だ。」
「以前、国民たちが自由に夢中になれる図書館を創ったとき、どれだけ皆が感動したか…!」
その後、ラペインが微笑みながら言った。
「ただ、セリオンが間違って図書館を夜間営業だけにしたせいで…」
セリオンは慌てて笑い、手を振った。
「まぁ、それでも夜更かしが流行って良い方向に転んだよ!」



ローリナ


最後に、優雅な笑みをたたえたローリナが立ち上がった。
「私はローリナ。魔法と希望の物語で国民の心を包み込むのが私の得意技です。以前、全員に自分だけの魔法を授ける『魔法の日』を演出しましたが、その笑顔は今でも忘れられません。」
彼女は穏やかに付け加えた。
「ただ、ある人が『魔法の消しゴム』を使って全員の魔法を消そうとしたのは焦ったわ。でも、それもまた物語の一部でしたね。」


全員の自己紹介が終わり、部屋にはそれぞれの個性が織りなす空気が漂っていた。でも、私は彼らが作り出してきた物語の数々に感嘆しつつ、この会議の本当の目的に疑問を抱き続けていた。

最後に国王が立ち上がると、円卓の騎士たちは一斉に静まり返った。

「今日も我が国民が最高の一日を過ごすための物語を決める。ジェフォス、ミヤザン、今日の物語の最終プレゼンテーションを始めよ。」

ジェフォスは真っ直ぐ立ち上がり、冷静な声で話し始めた。
「陛下、ありがとうございます。それでは私の案を説明させていただきます。今日の物語は、国民が効率的かつ多様な体験を一度に楽しめる一日を目指したいと思います。」

自信たっぷりに続けるジェフォス。
「物語の舞台は巨大な未来都市。国民は自由に移動し、好きな体験を楽しむという内容です。例えば、食べ物を即座に手に入れたり、空を飛ぶ車に乗ったり、アートを一瞬で作り出したり。すべてが簡単で楽しく、ストレスフリーな一日を提供します。」

ミヤザンがすかさず立ち上がり、手を広げた。
「待ってくれ、ジェフォス。それではただの娯楽に過ぎない。物語には魂が必要だ。私の提案は、国民全員が協力して荒れ果てた森を蘇らせる旅に出るというものだ。精霊たちと共に自然を再生し、心に響く体験を提供する。」

ジェフォスは肩をすくめ、少し口を挟んだ。
「魂か。ミヤザン、それは素晴らしいが、現実的に考えてみてくれ。国民全員がスコップを持って土を掘る物語がどれほど楽しいと思う?」

ミヤザンの顔が少し赤くなる。
「誰がスコップで掘ると言った?これは象徴的な物語だ!自然の回復を通じて、国民が心の成長を感じられるようにするんだ!」

その言葉にステーボが静かに立ち上がり、両手を広げて言った。
「ちょっと待て、二人とも。どちらの案にも良い点があるけれど、ストーリーはシンプルでなければならない。未来都市も森の再生も、どちらも複雑になりすぎる恐れがある。」

イオロンが手を挙げ、少し挑戦的に言った。
「ステーボ、今はシンプルさの問題じゃない。大事なのはどちらが国民に強く響くかだ。正直、ミヤザンの案は美しいけど、少し退屈だと思う。」

ミヤザンは振り返り、鋭い目つきでイオロンを見つめた。
「退屈だと?自然と心のつながりを無視するのか、イオロン?」

ザカルクが穏やかに口を挟んだ。
「まあまあ、みんな落ち着いて。大切なのは繋がりだ。どちらの案でも、国民が互いに心を通わせられるかどうかが重要だと思う。」

ジェフォスはにっこりと笑いながら応じた。
「ザカルク、私の案では未来都市で全員がリアルタイムで繋がり、楽しむことができる。ミヤザンの精霊たちは、文字通り人と人を繋げるのか?」

ミヤザンは拳を握りしめて反論した。
「精霊たちは象徴だ!人々の内なるつながりを表している。未来都市でただ移動するだけでは、本当の絆は生まれない!」

ラペイン&セリオンが同時に立ち上がり、声を揃えて言った。
「いやいや、どちらにも知識の拡張が足りないんじゃない?」
「そうだね!国民が学びながら成長する要素をもっと加えるべきだ!」

ローリナが優雅に立ち上がり、静かな声で話し始めた。
「私は魔法のような要素が欲しいわね。どちらの案も現実的すぎる。国民が夢を見る機会を与えるべきよ。」

議論が白熱する中、国王が手を挙げて静止した。
「皆、それぞれの意見に耳を傾けよう。しかし、最終的な判断は私が下す。ジェフォス、ミヤザン。最後にもう一言ずつ、それぞれの案の強みを語ってほしい。」

ジェフォスは毅然とした態度で語り始めた。
「私の案は、国民が効率的かつ楽しく過ごせるよう設計されています。感動や興奮があり、全員が一瞬一瞬を楽しめる物語です。」

ミヤザンは深呼吸をし、静かに語り始めた。
「私の案は、国民が心を通わせ、自然と調和する旅です。一日だけの楽しさではなく、心に残る深い感動を与える物語です。」

国王はしばらく目を閉じ、深く考えた後、静かに結論を述べた。
「今日の物語は、ジェフォスの案を採用する。未来都市での体験を国民全員に楽しんでもらおう。」

会議室は拍手に包まれた。ミヤザンは少し悔しそうな表情を浮かべたが、最後には穏やかにジェフォスに頭を下げ、彼の勝利を称えた。
「次の機会に期待するよ。」

ジェフォスは満足げに頷き、再び席に戻った。

私には、さっぱり意味がわからなかった。
いったいなぜ、バターナッツ王国には「今日の最高の物語」のシナリオが必要なのだろう?
なぜ、国家に統一した物語が必要なのだろう?


思わず立ち上がって私は言った。
「国家がひとつの物語を国民に押し付けるのは有難迷惑だわ!
生きている人はフィクションの登場人物とは違う!
幸福でも不幸でも、それが、かけがえない、その人の唯一の物語であるべきだし、誰かが作った物語を生きるなんて私には我慢できない。」

私の言葉が会議室に響き渡ると、しばしの沈黙が訪れた。
みんなが私の発言に驚いているのが感じられた。
国王の顔には少しの驚きが浮かび、周りの騎士たちも言葉を飲み込んでいる。

その静寂を破るように、国王が穏やかながらも低い声で口を開いた。
「Ricaさん、あなたの意見は理解できます。しかし、私たちの目的は国民にとって最良の未来を提供することにあります。それが、この物語会議の目的です。誰もが幸せで満ち足りた一日を送るために、私たちは全力を尽くしているのです。」

私の胸がわずかに痛んだ。国王は決して悪意があるわけではないのだろう。でも、この方法が本当に国民を幸せにするのだろうか?
「でも、国王…」私は言葉を選びながら続けた。
「国民がただ一つの物語を生きることが、果たして本当に幸せなんですか?それぞれの人が違う人生を生きていることを忘れてはいけません。私たちの人生は、誰かが決めたシナリオじゃない、私たち自身が描くものだと思います。」

国王はしばらく黙って私の顔を見つめていた。
「Ricaさん、そのように思うのも理解はできます。しかし、我々が作る物語は、国民にとっての支えであり、安心感を与えるものでもあります。」
「でも、それが制限になることだってありますよ!国民に与える幸せの形が、誰かの手によって決められてしまうなんて、私は耐えられません。」

私が声を荒げると、国王は深いため息をついて静かに言った。
「それでも、私の選択は間違っていないと信じています。国民が満ち足りるためには、この物語が必要なのです。」

その言葉が胸に突き刺さるようだった。私の気持ちはますます揺れ動いた。

その時、オフィーリアが静かに立ち上がり、私の手を取った。彼女の目は決意に満ちており、迷いなく私を引き寄せる。

「来て、Rica。」
彼女の言葉は、静かでありながら、何よりも強かった。
「今すぐ、ここを出ましょう。」

私の心はその一言で決まり、足は自然と動き出す。
オフィーリアと私は会議室から走って逃げた。
この先に何が待っているのか分からなかったけれど、今はただ、彼女の手を信じて進むしかなかった。

会議室の扉が閉まる音が、背後で響いた。

続く

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