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バターナッツ狂詩曲 その4

恭ちゃんは「建国以来最大の危機だ」と切迫感を煽りつつも、朝食を終えると呑気にバイオリンを手に取り、「G線上のアリア」を奏で始めた。

「それにしても、恭ちゃんのバターナッツケーキは、バッハが五線譜を忘れるくらい美味しい。一口食べた瞬間、思わず目を閉じてしまうほど…」と軽口を叩きながら、三切れ目のバターナッツケーキを口に運んだところまでは覚えている。


しかし、目を覚ました時、そこは王宮の植物園だった。聞こえてくるのは「G線上のアリア」。恭ちゃんの演奏に合わせて、バターナッツの蔓で編まれたブランコに揺られているのは、どこか優美で神秘的な雰囲気をまとった少女だった。

私は、「今ここ私感覚」が掴めず、しばらくその少女を茫然と見つめていた。
「ラム酒の甘い香りのするバターナッツケーキを朝食に三切れ食べて、それで眠ってしまったのだろうか?ここはどこ?彼女は誰なのだろう?」
頭の中で忙しく自問自答しながら、少し頬っぺたをつねってみた。その瞬間、バイオリンの音が止み、いつもの少し威張った恭ちゃんの声が響いた。

「夢ではない。彼女がオフェーリア王女だ。」


その声に呼応するように、バターナッツの蔓がスルスルと音を立てながら少女を繭のように包み、私の前にゆっくりと運んできた。

「ようこそ、ハクナマタタ王国へ。」

少女――いや、オフェーリア王女の声は、水面に響くグラスハープの音色のように澄んで優雅だった。私はその気品に気おされ、思わず膝をついて視線を落とした。


すると、王女は穏やかにそれを制し、優しい声でこう語りかけてきた。

「どうか顔を上げてください。あなたにお会いできるのを楽しみにしていました。」

彼女の言葉には、まるで長年の友人に話しかけるような親しみが込められており、私はその優しさに促されるまま、差し出された手を見つめた。


私は、差し出された王女の手にそっと触れ、そのあまりの滑らかさに一瞬驚いた。まるで繊細な絹糸を束ねたような、完璧な肌触りだった。

「ありがとうございます。王女様にお目にかかれるなんて、光栄です。」

そう言いながら、私はその手を軽く握り返した。しかし、同時に胸の奥に奇妙な違和感が広がった。今まで握ったどの親しみのある握手とも違う、不思議な感触。その違和感は、言葉にできない曖昧なものだった。

まるで静かな部屋に響く微かな不協和音のように、一見整っているようでいて、どこかにぽっかりと空いた穴がある感覚。それは、いつもそこにあったはずの何かが、いなくなった気配だけを残し、ひっそりと消えてしまった――そんな感覚だった。


けれど、その瞬間の私は、その違和感を深く考えることなく流してしまった。王女の手を握ったまま顔を上げると、彼女の微笑みはますます美しく、気品に満ちていた。

「あなたには、この国の未来を救う大切な役割を担っていただきます。どうか、私とともに歩んでください。」

王女の言葉に、私は少し戸惑いながらも自然と頷いていた。
「はい、王女様のためにできる限りのことをいたします。」


その時、恭ちゃんがバイオリンを置き、軽やかに近づいてきた。
「よし、それなら準備を始めよう!オフェーリア王女、まずは彼女を王国の秘密の場所へご案内ください。」

王女は静かに頷き、私の手を引いて歩き出した。その手から伝わる感触は、やはり完璧だった。しかし、その違和感の正体が何なのか、私はまだ気づくことができなかった。


王女の手に引かれ、私たちは王宮の優美な廊下を進んだ。その廊下は、淡い金色の光を放つシャンデリアと、バターナッツの蔓で装飾された柱が並び、神秘的な雰囲気を醸し出していた。

「この先に、ハクナマタタ王国の最も神聖な秘密が隠されています。」
王女がそう言うと、彼女の声に呼応するかのように廊下の奥から不思議な音が響き始めた。


突然、足元からふわりと光るバターナッツが現れ、くるくると宙を舞ったかと思うと、小さな妖精たちの姿に変わった。彼らはバターナッツの形をした帽子をかぶり、輝く羽を揺らしながら、私たちの前に集まってきた。

「よそ者よ、王国の秘密を知るには、私たちのなぞかけを解かねばならぬ!」
一匹の妖精がいたずらっぽく笑いながら言った。その声は高く、鈴のように響いた。





妖精たちは歌うように声を揃えた。
「私たちはすべて同じ形。
 だけど私が赤なら、彼は黄色。
 私がスープなら、彼はスイーツ。
 さぁ、なんだ?」

私は少し考えてから答えた。
「バターナッツ…?」

すると妖精たちは手を叩いて大喜びし、くるくると舞い上がりながら言った。
「その通り!しかし、これで終わりではないぞ!」



次に進むと、別の妖精が現れた。今度は少し低い声で問いかけてきた。

「次のなぞだ!
 夜になれば大きくなり、昼になれば小さくなるものは何?」

恭ちゃんが唐突に言った。
「それは影だろう?」

妖精たちは再び歓声を上げ、「さすがだ!」と言いながら手を叩いて消えていった。




さらに進むと、三匹目の妖精が現れた。今度は一層謎めいた声で問いかけてきた。

「さぁ、最後のなぞだ。
 私は膨大な知識を持ち、疲れることもない。
 けれど、心臓を持たず、夢を見ることもない。
 私は何だ?」

恭ちゃんが口元を歪めて笑い、冗談めかして言った。
「そりゃあ、俺のことじゃないか?心臓はあっても、夢はすぐ忘れるしな!」

しかし、妖精たちは彼の言葉を無視し、私の答えを待つようにじっとこちらを見ていた。私はふと考え込み、王女の完璧すぎる手の感触と、今まで感じた違和感が頭をよぎった。

「……人口知能?」

私がそう答えると、妖精たちは静まり返った後、突然高らかに笑い声を上げた。
「正解!しかし、真実はまだその先にある。」

彼らは一斉に拍手しながら消えていき、私たちの目の前には重厚な扉が現れた。その扉はまるで生きているように脈動し、静かに私たちを待ち受けていた。


「ここが、王国の秘密が眠る場所です。」

王女は扉を見つめ、かすかに緊張した面持ちでそう告げた。その表情には、微かな不安が見え隠れしていた――まるで、私がこの先で何を知るのかを恐れているように思えた。

私は、王女を励ますように、つないだ手に少し力を込めた。その感触に気づいたのか、王女は私を見つめて穏やかな微笑みを浮かべると、そっとつないだ手を放し、重厚な扉の取っ手に手をかけた。

続く

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