スマイルゲーム
笑顔ってなんだったっけ。
美織は、自室のデスクに飾ってある写真を撫でながら考える。笑い皺が魅力的な笑顔、足元に寄せる波から逃げようとしていたのか、手のピースと片足を上げたポーズが妙にチグハグなところがお気に入りの、美織が撮ったとっておきの写真だ。
彼の葬儀の時の写真。選ばれたのは美織の撮った写真ではなかったけれど、あれも素敵な笑顔だった。泣いている人々。見慣れない顔で横たわる彼。ひたすら悲しくて悲しくて意味がわからなかった。美織はため息をつきながら、ベッドの準備を整える。悲しさって時間が解決するっていうけど、薄くなるんじゃなくて、同じ強さの悲しさに慣れるってことなのね。
倒れている彼を見た瞬間から美織の世界は一気に変貌した。悲しさと同じくらい感じたのは、彼でなければ誰でも良かったのに、という強い強い気持ち。自分でも肉親でも友人でも、街で見かける同世代の人々でも、とにかく誰をみても、彼でなくてこの人だったらよかったのに、という気持ちが浮かんでくる。幸いそれが言葉になったり行動の妨げになる事はなかったけれども、それでも美織は何事もなく廻る周囲が許せなかった。こんなに大事が起きたのに、なぜ何も変わらないの?絶対に絶対にこんなの間違ってる。その思いは胸に根付き、もはや美織の一部となっている。
小さな明かりとお気に入りの音楽を流した部屋で、美織はため息をつく。でも結局、どんなに周りが間違っていたとしても「いつまでも悲しみに囚われている」美織の方がおかしい、ということになるらしい。できるだけ丸くなりながら頭まで布団を被る。美織は心配の声は嫌いだった。だって美織は、彼の代わりにあなた達がいなくなっていいと思っている自分を知ってしまっているのだから。そんな冷たい自分に優しい言葉をかけられると、頭の中が熱い感情でいっぱいになって酷い言葉が飛び出してきそうになる。でもそんな理不尽な振る舞いはしたくなくて、飲み込んだ言葉はどんどん毒のように美織の中に溜まっていく。
だから美織は笑顔を心がける。美織にとっての当たり前の世界はもうなくなってしまった。何故平然と続いているのかわからないこの世界にひとりで立ち向かうには、色んなことから気を逸らし、笑顔で紛れ込むのが一番なのだろう。
美織にとっての武器は物語だった。好きな音楽、小説、漫画、映画‥自分から絶対的に遠い世界の物語に次々と心を向けて、自分の周りの世界を切り捨て、自分の気持ちを守る。大切なことは内側に沈めて、外側ではきちんと笑顔で立ち向かう。
小さい頃から、物語の中の強い人物に心惹かれていた。だから美織は、色褪せることのない悲しさと違和感に蓋をして笑顔を創る。救いようのない世界を、生き抜くために。
♫会えない不正解、愛のない世界 リセットボタンで創るよSmile
Smile Game / 松尾太陽