うたうたいのものがたり #1
誕生日占いって信じる?
そう聞くと彼は、いいっすね、と若干ずれた返事を返してきた。
私と君の相性を占ってみたのよ。
へー、っと引き続き興味があまりないような声を出しながらも、モニタに表示されている数値を追っていた彼の目線が一瞬揺らいだのを佳奈は見逃さなかった。機を逃さぬようにすぐに言葉を繋ぐ。
ソウルメイト、なんだって。
今度こそ彼は一瞬動きを止めると、真っ直ぐにモニタに向けていた顔を左下へとうつし、モニタの前に座る佳奈の方に視線を送った。佳奈は横に立つ彼を見上げる形で、真っ直ぐその視線を受け止めながらさらに説明を重ねていく。
ソウルメイトっていうのはね、魂の伴侶っていうか、前世から繋がりがあったりとか、まあなんか運命的な繋がりがある感じの関係みたい。
「じゃあ、とりあえず今はこれ完成させましょうか」
彼は一瞬口元を歪ませながらも、すっと視線を外し現実的な話題へと無理やり方向転換を図った。ほらここ、ここの数値が規則的に跳ねてる。真剣な横顔に負けた佳奈は姿勢を正し、ここ数年繰り返しおこなってきた実験データを真っ新な気持ちで見直す。ここと、ここ、あとこっちで抽出してみませんか?彼の声に従い数値をピックしていく。
あ、たしかに、これ当たりかも。
佳奈がそう言うと、彼は得意げに笑い、そして。
バタン、とドアが開いた。
お、まとまりそうか?気遣わしげな声を出しながら、2人分のコーヒーを持った指導教官が、佳奈のために無理を言って貸し切らせてもらっているワークスペースに入ってきた。これまでの研究ノートと膨大なデータを複数の机に広げて連日ほとんどこの部屋から出てこない日々を送っている佳奈を心配して(もしくは論文の進捗を心配してかもしれないが)定期的にこうして顔を出してくれるのだ。
佳奈は一旦立ち上がると紙コップに入ったコーヒーを片方受け取り、そのまま比較的すっきりしているデスクを選んで教官と向かい合わせで腰掛けた。コーヒーのいい匂いを味わいながら、先程抽出したデータの概要を早口に伝える。少し驚いた顔をした後、コーヒーを飲みながらデータを見返していく教官を待つ。静かな部屋に落ち着かない気持ちが込み上げてきて、頭の中で好きな曲をかける。
悪くない、と思う。ワントーン高くなった教官の声にホッとしながら、そのままいくつかの確認をおこなう。
「ありがとうございます。明日までには今の部分のアウトラインまとめておきます。」
佳奈は空になった自分の分と教官の分の2つの紙コップを重ねて、部屋の隅のゴミ箱に捨てる。背中を向けている佳奈に教官の声がかかる。誰か手伝いを寄越そうか?智樹とか綾、近藤あたりなら単純な数値計算ならできるぞ。佳奈の背中に緊張の気配が立ち込めていることに気がついたのか、教官が慎重に言葉を選んでいることが見なくてもわかった。
ひとりでやるのも大変だろう。
何を言われるかと思い身構えていた佳奈は、なぁんだ、と拍子抜けした気持ちになって、思わずクスッと笑った。なんだ、そんなことか。笑顔で振り向き、ありがとうございます、でも全然余裕です、と応える。教官は何故かくしゃっと悲しげな顔を一瞬すると、静かに部屋を出て行った。
途端に彼が資料の一山を指差して、この辺に昨日埋めた論文絶対参考になりますよ、と嬉しそうな声を上げる。そうだ、それ絶対に必要なやつだ!と返事をして、資料の山から目的の論文と思われる紙の束を引っこ抜いた。
「ああ、もう何でそんな雑なんですか!絶対やると思ったけど!」
床に散らばった資料たちを呆れたように見下ろした彼は、まあすぐに必要そうなのは落ちなかったと思うんで、後で片付ければいいと思いますよ。と柄にもなく優しいことを言う。
どうしたの?珍しいじゃん。
「いや、さすがにちょっと落ち込んでるんじゃないかと思って」
資料をばら撒くなんてしょっちゅうだよ。
「そうじゃなくて、俺のこと」
佳奈は思わず笑い声を漏らす。彼を失ったあの時。もう二度と笑ったり怒ったり一緒に考えたり喧嘩したり出来なくなったと分かった時。頭の中で彼の声がした。今までは外側にいた彼が、内側に引っ越してきただけなのかな、と思うくらい鮮明に声がした。常識的な部分が鳴らした警鐘は自分でも驚くほどあっさりと無視することができた。だって、彼がいないとどうせ何も出来ないし。勉強も読書も彼のことも大好きなことが功を奏したのだろうか、自分の記憶力と想像力に涙が出そうなほど感謝した。声も顔も何もかもきちんと頭の中で「見える」。このまま進むとどうなるかわからない。でも、彼を失った自分に残された望みはただ一つ。彼を失っていない自分のまま、笑って軽やかに、最後まで過ごすことだけなのだから。
先ほども頭の中で流れた大好きな曲を思わず口ずさむ。
♬未来がどう転ぶかなんて考えない 君がいなきゃ始まらない 全て捨てて 行くのも良い
mellow.P / 松尾太陽