ハルの花とハルの想い出 #3

部屋の片隅で電話が鳴る。彼が喜びと期待の表情を浮かべ、ポケットから取り出したスマートフォンに、お待たせいたしました、と名乗りながら電話に出る。私だけではない。その場にいるみんなの注目が集まる中、彼は振り返りもせず部屋から出ていく。

きっと大丈夫。絶対大丈夫。ダメだったら連絡はメール。合格だったら電話。きっとそのはず。

作業の手が止まっていることに気が付き、諦めて席を立つ。部屋の逆側まで移動し、彼が出て行った扉近くの椅子に腰掛ける。満面の笑みで部屋に入ってくるであろう彼に、真っ先にお祝いの言葉をかけるんだ。近くにいた後輩が可笑しそうな笑顔を浮かべ、落ち着いてくださいよ、と声をかけてくる。意気込みすぎです、と言われ、深呼吸をする。いやでも絶対大丈夫だと思う、と後輩と励まし合いながら待つ。

ガチャリ。音がして開いたのは、私が作業を放り出したデスクの真横、彼が出て行ったのとは真逆の位置にある扉。空のデスクに驚いたように視線を彷徨わせた彼と、遠くで目が合い、お互いに何が起きたか一瞬で理解する。

先輩どうでしたか?!!

彼のそばにいた後輩の声にピースを返しながら、こちらに近づいてくる。

無事決まりました、ありがとうございます。

他のメンバーのおめでとうの声に埋もれて、1番のおめでとうにはならなかったけど。彼が1番にありがとうを返したおめでとうは私のものだったこと。

あのときの笑顔はまさにハルの花のような喜びで溢れていた。

♬また巡り合うその瞬間に 笑い合えたら‥ 笑い合えたら‥

ハルの花 / 松尾太陽

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