株式会社 アナザースカイ 16
懐かしい笑顔。
懐かしい声。
『俺、温故知新て言葉好きなのよ。
シンカンセンてさ、フルタとアラタで古いと新しい。でしょ?過去と未来。気に入ってた実は密かに。シンカンセン。』
結婚生活15年目の離婚を突きつけるであろう夫ではなく、親離れの気配を感じさせる年頃の娘たちではなく、両親でも心許せる女友達でもなく。
ひとり、たったひとり。
思うだけで灯火の燃料となってくれるひと。
「アラタさん。
長い長いよたばなしにお付き合い下さりありがとうございます。
アラタさんは、弊社の無言コーススタッフにスカウトさせていただきたいほど、無言がお上手ですね。勉強させていただきました。ありがとうございます。
ではでは、アラタさまー。
本日は、株式会社アナザースカイ、無言コースのご利用ありがとうございました。」
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【アラタさま。2回目の御利用。無言コース。はけ口後アドバイスコースを追加。23時45分着電。ファースト声ジャンル「豪雨のち晴れ間プラス柑橘系フレッシュ。」】
「離婚が成立しました。
ドロッドロのぐっちゃぐちゃ。
死ぬかなー、あー、これ死ぬなーって思いました。
あ、走馬灯の話です。走馬灯みちゃって。
走馬灯って噂には聞いていたんですけど。結構、カジュアルにお目にかかれるのねー。って。あと……」
あと、と言いかけアラタは、それに続く言葉を飲み込み、胸に戻した。
途端、心がじんわりと温まる。
宝物。
株式会社アナザースカイ。電話相談室、お悩み請け負い、はけ口またの名をゴミ箱。無言コース。
そのゴミ箱に捨てるような感情ではなく、むしろ『みてみて』とつい見せびらかしたくなる宝物の気持ち。
アラタは、宝物を心の一番奥に大切に戻し、代わりに、離婚に向かう渦中に見た走馬灯の記憶を開く。
リビングの、実際に現場となった床の上を見つめる。
刑事もののドラマでよく見かける、死体を移動したあとの現場にひとがたに描かれる線。
その線を視線だけで描く。
背中が、首筋が、頬が粟立つ。左頬と左の瞼がひきつったように感じる。
渦中には感じられなかった恐怖が、生涯切り捨てることのできない影法師のようについてくる。
「忘れてはいけない」
影法師が耳元で囁く。
(やっぱりあれ、半分ケンコよね。)
走馬灯を見ながら聞こえた声を反芻し、腑に落とす。