株式会社アナザースカイ33

悔しいのではなく、悲しいのだ。
アラタはタバコを、タバコ1本分が落ちるための丸い銀色の穴から落下させる。あっという間の長い落下ののち、水をはった奈落の底で『ジュッ』と悲鳴を上げ、白くスレンダーな先端の赤が消える。
短かったり長かったり、太かったり細かったり。
ヤニ水にまみれて黒くなったタバコの死骸に、スレンダーな白は同化する。

灰皿から離れた手をみぞおちに添える。

地繋がりの、ひとかたまりの肉体の心臓なのか心なのか。悲しい嘆きを律儀に伝播し、胃が、痛い痛いと悲鳴をあげる。

失敗してもやり直せる。けれど、夫と共に歩む過去と未来をリセットしリスタートはできない。それがとても悲しい。
辛いことばかりではない15年間には、思い出すだけで心暖まる思い出もある。

子供がまだサンタクロースを信じていた頃のクリスマスイブ。

4人でごちそうを囲み、歌を歌い、プレゼントを交換した。
明かりを消した部屋の
ダイニングテーブルに
手作りのケーキを置き
ローソクに火を灯した

あわてんぼうのサンタクロースを娘たちが歌った。リピートに次ぐリピートの末、ピンクやライトブルーの蝋は純白の生クリームをカラフルに彩った。

ローソクの火を消す。


真っ暗な部屋を4人の笑い声が明るく灯す。
次女が
『もっかい!もっかいふーしたい!』
ローソンに火をつけてとねだり、夫が、
『これで最後ね。わかった?』

『あーしも!あーしーもー!』
笑って、ポケットからライターを出した。長女が夫からライターを奪った。「あぶないから」アラタはやれやれと小さな、柔らかな深爪の指をこじ開け、手のひらからライターを取り上げ聖火を、家族の灯火を灯した。

4人の顔がオレンジ色に照らされた。


アラタの頬を涙が流れ、顎から落ちる。

でも、

「ごめんなさい。」
子供か両親か、地獄に落ちることを望んで止まない夫へか。灰皿の穴から見える死骸と化したタバコへか。
誰に向けてかわからないごめんなさいをアラタは涙を拭わぬまま、うつむき、目を閉じ、何度も繰り返す。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」



いいなと思ったら応援しよう!