株式会社アナザースカイ40

あのね。

そんなねぇ、心も体もボロボロになるまで自分を追い込んで痛めつけて、やっと自分を許せるようになる頃にはあんた。命を無くすわよ。イエス!本末転倒!
勘弁してよね


それ、わたしがあなたに貸した体よ
もっと丁寧に扱ってもらってもいいですー?
労りも労いもなく、自分のものなんだからいいでしょ位な感じで雑にあつかってさー。勘弁してよー。きちんと丁寧に使って、形状記憶仕様じゃないからデフォのまま返せとは言わないけれど、丁寧につかって返してよ
大切にしてよ
忍耐、努力、根性。ご立派よ
なんでもいいし、好きにやったらいいけど
限界ってあるのよ
体って限界があるの
始まりがあれば必ず終わりがあるのよ

それと、心も体の一部なのよ。体が痛めば心も痛むし、その逆もしかり
ご自愛くださいませなんて、メールの末尾を気取るくせに』

アラタの唇が動く。

モゴモゴと、自分の意識や自覚や欲求とは解離し、唇は言葉を発するためだけに、勝手に動く。「乗っ取られる」が最適なのだと思う。
それ以外に表現のしようがないアラタの唇が、動く。
内耳に届く声が、魔女の声ではなく、過去に出会った誰でもない声音声色声温で、ぬくぬくした綿のような唇を寄せ、綿に包まれた優しい針の言葉で。
気づけばアラタの唇が動き、魔女とも自分が知らない誰かとも言えぬ声に自身の声が重なる。ソロシンガーの三重奏。だから、必然自分の言葉になる。

ユリコa.k.aケンコ。

アラタはケンコを「百合のように美しい女」だと思う。凛と咲くひと。
花束にするより単体で咲く姿が似合うひと。アラタはいつかの仏花を思う。百合と蘭のコラボレーション。単体の輝きを失うことなく他者の個性を長所として引き出し輝かせる豪奢なお節介。温かく、花瓶に活け部屋に飾れば、どっしりしたモブ感で、ひっそりした安定感で『私はここにいるから大丈夫』と愛でる人を安心させる。

そこにいてくれるだけで場を温める百合の花なのだとアラタは、愛すべく女友達と距離が近づくきっかけとなった、愛すべくニックネームの名付け親となった、人生に必要となった日の、とるに足らない愛すべく場面を見つめる。

晩夏。塾のお迎え。夕暮れ。「みて。きれいね。私、ブルーもピンクも大好きなのよ。」空を見上げるケンコの夕焼けより美しい横顔。
珍しく眼鏡でお迎えに登場したケンコを、
「ユリコさん眼鏡、夕焼けより素敵。あの人、あの人の眼鏡にそっくり!ケント……なんだっけ……あれよ、ほら!ケントデリカット!」

ケントデリカットを彷彿とさせるケンコの眼鏡を、アラタは褒める。
洗練され涼やかで、複雑な茶色の華奢なフレームの眼鏡はユリコの知性を引き立てる。
しかし、ケントデリカットが咄嗟に出てこず、かつ、東北弁を彷彿とさせるイントネーションでケントデリカットの発音を違え「ごめん、違う。ケントデリカット」と正確なイントネーションで人名を伝えるべく口を開くけれど、口から産まれたケンコは流暢に毅然と叫ぶ。

「はー?誰よ、ケンとデリカットって。お笑い?なによそれ。パックンマックンみたいな感じ?
なんなのよ。コンタクトが入らなかったの。つーかあんた、バカにしてるわよね?素敵って言いながらあんた完全にバカにしてるニュアンスよね?
もうねー、空がすごくきれいだからアラタさんに教えなきゃ、って恋人を思うみたいな気持ちでウキウキで来たのに。胸くそ悪いわー。
どっちよ?で、どっち?ケン?デリカット?どっちに似てんのよ。」

アラタの口角は上がり、唇が震える。


『はいこれ。最後通告でーす。』


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