株式会社アナザースカイ2
正論と正義はとても距離が近く、そして、煮ても焼いても食えないとアラタは思う。
「正義のヒーロー!」
などと声高らかに宣言され、眼前に立ちはだかれたのなら、10%の勝ち目もないように思う。
腰に手を置き、ハッハッハ!と勝負前に
声高に笑われたのなら、1%の勝算もない。
勝負前に大笑いとは、なんとも虚を突く先手必勝。不意打ちの極み。
「え、まさかの爆笑。こわ」
と、足元をすくわれるのだと思う。
北風と太陽を、剛を制す柔を、思い浮かべずにはいられない。
正義と、そのたった二文字を振りかざせば、自分は自ら悪者に転じるしかほかない。正義は食えない。
アラタは、無言コースを遂行すべく無音の携帯電話を耳に当て『株式会社アナザースカイ』その会社の風景を思い描いてみる。
しかし、その全容は掴みづらく想像を諦めることが相応しいように思う。あいまいにすることで調和を保つ。生きていく上で欠かせない術だと思う。実際自分がそれを実行できるかは別として。
電話口のその人は女性だ。という確信に近い想像を抱くが、従業員であるのか、社長であるのか、そもそもどれほどの規模の会社であるのか。空をつかむ歯痒さでぼんやりと自分の手の、伸びた爪を見つめる。
低音の、緩やかな抑揚の、それでいて底はかとない温情を感じる丁寧な話し方であった。
「なんであれあなたを肯定します」
という包容力を伝える優しさのある声色であったことを思いながら、電話口の声の主の姿形を想像すると「身長が高い女性」という根拠のないイメージをひとつだけ作り上げた。
電話口の声を文字起こしするのであれば、几帳面に句読点を打つような、都度きちんと改行をするような、行間の余白を重んじるような、漢字ではなくあえてひらがなを使って角を丸くするような、丁寧な話し方であった。
自分の心は一切の余裕なく疲弊している自覚を抱きながらアラタは『株式会社アナザースカイ』のスタッフの言葉のひとつひとつには、体温に近い温度と命を吹き込まれたように緩い力強さを感じ、言葉を大切なものとして扱う職人のような印象を受けた。
コンビニで飲料を選ぶくだりの『コーンスープ』の単語からはほんわりと白い湯気がたち、甘いコーンの匂いを伝え、言葉の意味以上の意味を伝播した。
言葉職人。
そんな造語がしっくりきた。
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アラタは、白髪が増えた母親を思い浮かべそのあと、フォローしているお気に入りのダイナーのインスタグラムの記事を思い出す。
正義が正論を説けば、武蔵も驚く二刀流。食えないどころの騒ぎではないと思う。
『つなぎを一切使わず、ジューシー!というよりガツン!と肉々しさを堪能すべくビーフ100%ハンバーグ。
家庭のそれとは一線を画す、シェフ自慢の一品!玉ねぎのみじん切りとか入ってねえから!
王道よりの邪道テクでメープルシロップたっぷりかけて食べてみ。飛ぶぞ?
味変とか手垢のついたレポはなしよ!うちの本気のシェフが悲しむからね~。
あまじょっぱいは、つまり正義ってこと!!』
見るからに肉々しい、ナイフを刺せば透明の液体が流れ出るであろうハンバーグの写真をアラタは思い出す。