株式会社 アナザースカイ 13
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「ふーん。じゃ、いい。」
フルタは、アラタを見つめ返した瞳で隣のジャスミンティーを見下ろし、再びアラタを見つめた。
見つめられることに意味がない。
オンリーワンでもナンバーワンでもないのなら、自分は、ただの風景の一部だと思う。景色に同化した壁の花。
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不様この上ない自分の肩を叩き、
『傲慢、不遜、根拠なき自信、愚の骨頂、勘違い。
どこのお花畑にいたの?ウケる。花畑ー。ノー。花壇。ちっちゃなちっちゃな花壇。
でも知ってるわよ。
彼の短所を丁寧に濾過して抽出したそれらを、長所に変えて彼に届けていた。
盲目の美化とも言えるそれを
『美化?美化してますとも。で、それがなにか?』
ってね。
変化でも美化でもなんでもいい。
彼が進化するためのかがり火になるならと。進化の先のスーパーノヴァ。
それを見届けるためなら愚かな小手先の美化をも厭わない。
美化を美化とも思わない。ただの愛。
言うてもまあ。
ここまで彼を理解して尊重して彼に笑顔を取り戻せる女がいるなら連れてこいよ。世界広しと言えど。あ、
いたわ。
いたらしいわ。ここに。』
とにかく寒かった夜にフルタから届いたLINEを、アラタは心の中で閉じる。
寒い。
背中がゾクゾクする。
現実はここ。
隣の絵画。その隣の男友達。ボロボロ。バッマイグッバイ。
*
「緑茶で飲みたかった、からいらん。風邪ひいたウサギみたくなってる。」
何杯飲んだかわからないほどに女友達は紹興酒を飲んだ。飲めばまず、目の周りが赤くなる。
「お前、白いから。」
と、笑ったのは十年選手の、シンカンセンのかたわれ。男友達だった。「シロウサギー」と。
風邪などひくはずがない。
風邪などひくはずがない。
風邪などひくはずがない。
健康が唯一自慢の取り柄。
風邪をひいたシロウサギ。
名付け親の目にはどう写っているのか。
アラタはその美しい瞳をのぞき、息がかかるほどの至近で、かつてない至近で瞳をのぞきこみ、たずねたくなった。
今にも泣きそうな、淋しそうな、切なそうな、女の目でなければいい。絶望が写っていなければいい。
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(フルタ。ウサギって淋しいと死ぬらしいぞ。)
隣の男のすねに爪先を当てたままアラタは、レッドアイをひとくち飲み込む。
タンタカタンをやめアイスのウーロン茶で締めたら次の店かカラオケに移ることを提案しようと思う。
『結婚する。』
4文字に。4文字と。
日頃は端的で宙ぶらりんなラインの末尾にきちんと添えられた句点。伝えるべき言葉をきちんと伝えきり完結させるための句点。結婚する。突然届いた4文字と句点に、なん文字のなにを返信したのか。末尾にきちんと句点を置き、気持ちをのせた言葉をきちんと完結させたのか。
忘れているような覚えているようなそれを、LINEを開き、確認すれば一目瞭然なそれを。
自分のことだから5文字のそれだと思う。それしかない。と思う。はなむけに句点を添えたのだと思う。
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株式会社アナザースカイ。
その沈黙コース。
離婚しようと思っているんです。離婚。はけ口。悩み、相談、愚痴、弱音、本音、苦しい、泣きたい、泣きたくない、笑いたい、助けて、だーいじょぶよ、だいじょばねーよバカ、限界、ドン底、真っ暗、暗中模索、五里霧中、満身創痍、疲労困憊、ボロ雑巾、どぶ水をすする、煮え湯を飲まされる、憎しみ、自分が自分じゃないみたい、壊れる、病み、闇、腐敗、真っ暗闇、子供、親、ご祝儀ドロ、うるせー、ほざけ、尊厳破壊、再構築不可、底辺、ド底辺、生きてる?活きてる?おーい生きてますかー?セイホー?朝だか夜だか、寝てんのか起きてんのか、生きてんのか死んでんのか、なにがため?なにがために生きている?無意義無価値無意味無味無臭、人畜無害、家政婦以下ゴミ以上、人の扱い慎重に、初めから愛なんてねーよ、打算的結婚のススメ、チェケラ、うそうそやめとけ、成れの果て……なんの?なにが成って果てたのよ?元々なんもねー、嫌い、興味がない、一刻も早く終わらせたい、決着、新しいステージ、路線変更、新たな人生、リスタート、胃が痛い、頭が痛い、眠れない、食欲不振、笑いたい。
「あの……、すみません。あの、やっぱり今日はいいです。本当にごめんなさい。また、もう少し気持ちが整理できたら、またかけさせてもらいます。あ、今回の料金はもちろん支払わせてもらいます。本当にごめんなさい。」