株式会社 アナザースカイ chapter② 17
○○○○年○月○日、午前3時。
1度、死んだ日。
カジュアルにラフに軽率に、
2枚で1対のティッシュペーパーを、そっと1枚剥ぎ、向こうが見えるほどに薄く軽くなるその1枚より軽薄に、
「あのとき私は1度、死んだ。」
【 chapter ② 株式会社アナザースカイ 】
アラタは、充分に口内で味わい、咀嚼し、味がなくなるまでになったそれを、ごくりと飲み込む。
喉を落ちていく過程に集中し、腑の底に着地したことを認識する。
「あのとき私は1度、死んだ。」
そして、ボーナストラックとして与えられた今を、生きてここにいる。と認識する。ボーナストラックは、コアなファンにとって推しとなる場合は多い。
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1度死んだ日はかつてない頭痛で目が覚め、始まった。○○○○年○月○日、午前3時。
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元夫とアラタの離婚の協議は、
『はい?離婚?しません。』
夫からの有無を言わさぬ返答で1度頓挫した。
夫の性格と自分の性格、状況を踏まえ、最善の策はしばらく期間をおく。それが最善の良策であるとアラタは考えた。
夫の反応は、ありとあらゆる想定の中でも「ですよね」な、範囲内の返答であったし、何より一番大切なコアとなる自分の決意は、100%ではないにしてもきちんと伝わった自負があった。
「これまでのかつての夫婦喧嘩とは一線を画しているし、なあなあの立ち消えにはしない。離婚の意思は揺るがない。だから、少し時間を置いたらまたあなたに、あなたの意思を確認します。」
というようなことを伝えた。
なにが想定外であったかと言えば。
アラタ自身が夫との話し合いの間、この上なく冷静で、常に俯瞰の視線を自分に注いでいたこと。
平熱より微々低い程度の温度感で、夫へ、過去から未来までの事実と感情と展望とを、きちんとロジカルでラッピングを施し届けられたように思う。
冷静と俯瞰。
それは想定外の感情を生んだ。
『私はこの人が好きの嫌いのではなく、この人に興味がない。この人の人間性や今後の人生に、1グラムも興味がない。当たり前と言えば当たり前。道ですれ違うだけの赤の他人に興味をもたないのとほぼ同義なんだから。』
嫌いを始まりとする、憎しみや怒り、不信感などの温度の高い感情は、その感情を抱く時期は過ぎた。
では、今の感情を言葉で表すのならなんだろうと、アラタはダイニングテーブルを挟んだ向こう側の夫の、背もたれにどっしり背中を当て腕組をしたままの夫の、髪の毛や目や鼻や唇を眺め考える。
考える。考えて、そして考えることをやめた。