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走馬灯、ライトブルー。【chapter 7】
再会し、二度目の交際が始まった日から、一人でソノコを想うとき。
仕事帰りに立ち寄ったコンビニで、レジに並ぶ。前に立つ女から漂う香水と、微かな胸の膨らみが視界に入るとき。
ソファで隣に座るソノコの腕から、服の生地を通しほのかな熱を感じるとき。
息がかかるほど顔を寄せて喋る、無邪気な笑顔を見つめるとき。
ソノコの存在を感じるだけで沸き起こる欲望。
「淡白だよね」
と、かつての女達から、落胆や失望の嘆きを受けてきた自分の中に、これほどの欲望が隠れていた事実にタカシは戸惑い続けている。その女達に、
「ごめんね」
と微笑んで誤魔化してきた。蛍の光。真逆のごめんねを、女に詫びる日がくるとは思わなかった。
ジャガイモを崩した柔らかく長い髪、密度の濃いまつげ、本人が仕切りに気を病むほくろと、鏡をのぞいて「また増えたわ」と嘆く茶色のしみ、丸い鼻、顔の大きさに比例しない口、タカシはソノコが大きな口を開けて笑う顔が好きだと思う。その顔を見ているとつられてしまう。
今が幸せなのだから大丈夫、タカシは思う。
ソノコが作ったグリーンカレーを口にした時、辛いと思うと同時に、母の作る甘いカレーを思い出した。じゃがいも、人参、玉ねぎ、口にせずとも分かる毎度変わらない具材。作る度にドロリとルーの塊が出来ていたり逆にサラサラと水のようであったりと粘度の安定しないカレーを思い出す。
今夜はグリーンカレーだった。過去に捕らわれるきっかけとなった些細な日常は。
「実はすごくこわいのよ。こわいって思ってるの」
腕の中からソノコの突然の告白が響く。トロリとぼんやりした目を、タカシの胸に向けている。柔らかく白い肌の全てに、唇を当ててしまいたくなる衝動を抑え、タカシは頬に唇を落とす。
「おはよう」
ソノコに笑みはない。
「どんどん好きになるの。どんどん落ちていくの、どこまで落ちるんだろうって、どこに終わりがあるんだろうって」
ソノコの声は細く掠れ、発したそばから消えていく。
「ソノコ」
タカシはソノコの唇をふさぐ。ソノコの真っ直ぐな、湿り気のある寝ぼけた目と、自分に向けられた告白が、先ほど詫びたばかりの身勝手な欲望の抑制を不可にする。ソノコの上に体を重ねゆっくり泳ぐ。二人の吐息が重なり混ざる、入ってゆく苦しさと、入ってくる苦しさにに、二人で目を閉じる。
「夢をみたの。二人で海にいたわ、私たち以外、誰もいないの。水着になったらタカシくんがダメだよって言うの、肌が見えすぎるって」
ソノコはタカシの動きに身体を委ね、目を閉じたまま、切れ切れに夢を語り続ける。
「そんなの今さら無理よって言ったの、一緒に選んだときに言わなきゃダメよって。それに誰も居ないし私のことなんて誰も見てないわよ?タカシくんしか見てないわって」
タカシは、最近抱え始めた、自分の密やかな悩みを思いどきりとする。気持ちを見透かされていると、小さく密やかに驚く。