株式会社アナザースカイ34

『それさー、わたしが貸したものだからね。いうても。ブス。』

走馬灯とはてっきり映像だけのものだと思い込んでいた。
(40過ぎて知ることの多さよ。ていうね。違うわねー。なーんにも知らなかったわ。)
地球上とは思えぬ重力を抵抗の余力なく受け止めアラタは、ダラリと体を横たわらせたままダラリと視線を向け、聞き馴染みのある声を、耳のすぐ近く脳内で聞いた。

○○○○年○月○日PM10時45分。

病院からコンビニ経由で帰宅し、誰もいないリビングを素通ると誰もいないダイニングのイスに座る。

コンビニで買った食品を袋ごと冷蔵庫へ入れ、シンクの前を通りすぎる時、病院へ向かうため中途半端に切り上げた夕食の食器が、数時間前の姿そのままにシンク内を汚しているのを見下ろす。
娘二人分の食器。プラス夫が使ったのであろう食器。
水に浸されることなく、飯椀と汁椀に米粒や刻まれた野菜のさらに細かくなったほうれん草の破片や味噌の米の粒が椀の内壁に張りついている。

ため息を吐き出すつもりが口角が上がった。
『ウケる。生きようが死のうが。俺の知ったこっちゃない。よね。なんでも良いけどやるべきことはやれ。ってねー。』

1日1回朝食後1錠。と薬剤師から説明を受け処方された白い錠剤を2錠カシオレで一息に流し込む。更にもう1本のグレープフルーツを、その瓶の『ヘルシーな朝へグッドモーニング』を1度読み、パリパリと音をたて蓋を開けた。
(眠りたい。頼んだぜ。)
換気せんの下。タバコを1本。極限まで吸い込んでも肺が満足せず、挙げ句(不味い。)早々とメンソールの爽快感を諦め、揉み消し、リビングの電気を消すと寝室へ向かい、汗と雨の湿気が乾ききらない紅白の仮装のまま女3人川の字の、次女の隣に潜り込む。
絹ごし豆腐より柔らかい首筋に鼻を埋めても魔法のようにドラマチックに胃痛や他の痛みがやわらぐわけもなく、鎮痛を早々に諦め枕に頭を沈める。天井を見上げため息を長く、深く吐き出す。
吐き出したため息を、ほぼそのまま吸い込み、息を止める。両手の平で顔を覆う。
(百々のつまり全部ぜーんぶ私が悪い。私が至らなかった。ふつつかってどういう意味?)
口角は上がらない。

(なにこれ)


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