株式会社 アナザースカイ 11

「じゃ、いらね。」

存外あっさりと、へそを曲げる小学生風味で紹興酒緑茶割りを諦めたフルタを、隣の隣の隣の隣の隣の……隣の席に座るフルタをアラタは見つめた。

ひと一人分の隔たりは、ひと一人分以上に。
そして、その距離が2度と詰まることはないと確信しながら見つめた、フルタの美しい瞳は、美しく美しく輝いて見えた。シンカンセン時代のその人を思い出すことは自然な必然だった。そして、

いつかの、

『俺、最近結婚したくて仕方ないのよ。』

絵画の横でアラタは、いつかのLINEを、自分しかしらないそれを、名前をつけるなら宝物のLINEを、LINEから聞こえたフルタの声を思い出した。

いつかの深夜。

眠りに落ちる直前。
『秋は一人が似合う。』と呟いた男の横顔を思い出し、(嫌な予感しかない。)と直感した自分をアラタは思い出した。その直感はきちんと的中した。秋の真ん中で『ごめん。やめたいんだけど。』とフラれた。

(寝らんなくなるからー。悪夢決定ー。というか胃がー。)

寝返りをうち、閉じた瞼に秋の人以外の男を思い浮かべ、

『さむ!笑』

『季節は冬になるってのに笑お疲れさま笑』『鍋しよキムチ鍋』

『最近ハマってんのよ笑』

『トッポギ神な笑』

ほんの少しの淋しさと温かさとを抱え、(温かい思い出で人はしばらくはもつ。生きていける。おおげさー。だーいじょぶよ。)
口角を上げたまま眠る。


寒くも温かい夜。まだ秋にいたのか、とっくに冬を迎えていたのか。どちらも受け入れず、早く夏こーい!だったのか。とにかく寒かった夜にフルタから届いたLINE。

**

低い声。男臭い風貌と雰囲気にそぐわない甘ったるい、ゆっくりのんびりの話し口。
時々、
(寝ちゃったのかしら。)
と思わせるほどに、言葉と言葉の余白をたっぷり必要とするフルタのお喋りが、LINEの文字から聞こえた。

きっとタバコに火を点けている。
煙を長く長く吐き出している。
缶ビールをグラスに移さずそのまま飲んでいるかもしれない。
深夜の長い、長いスモーキングブルース。

『先日はごちそうさまでした』
『またいこうね次回は俺ね』
『彼氏いる?』
『アラタ』
『おきてる?』

から突然の暗転。問わず語り。

なんかさー、で始まったそれは少しの不機嫌と疲労と自己嫌悪。フルタお得意のしゅんじゅん。堂々巡り。
アラタは、フルタ専用のテンプレートから『うん』を準備した。枕詞は『どした?』
『そ?』と『そう』と『笑』と『ね』も備え、『涙』の出番はなければいい。と願って、祈った。

些細とも言える、他者が聞けば「そんなことで」と言うだろう微細なことで、ひとつひとつ立ち止まり、正面から向き合う。
向き合うからこそ結果、膝をつく。
生きることに真摯に向き合うひと。
膝をついても、
「だーいじょぶよ」
と、膝の土をはらい、笑って立ち上がるひと。
膝をつくくらいなら「だーいじょぶ」だけれど、腰を落としたら立ち上がれなくなるから、人の手を借りることになるから、それだけは避けたいと願うひと。
いついかなるときも、自分の足で立ち上がり、前を向き、自分の足で歩くことを望むひと。

けれど、あの深夜。

あのときのフルタはもしかしたら
『手を貸してほしい復活のために人の手を借りたい』
と私の手を求めていたのかしら。と思うことは不遜な傲慢さなのかしらと、アラタは笑みを絶やさないルネサンス絵画を隣に、男友達の深夜の問わず語りを、記憶を、胸の中で復唱する。

『なんかさー最近自信なくて』
『俺ってだめな男だなって』
『弱いよなって』
『色々勘違いしてきたんじゃねーのかなーって』
『生きるってハードよ』
『人生ハードモード』
『妥協とか言い訳とかさ責任転嫁?誰かのせいにして生きるってできないよ
全部俺の責任ですって
言い切りたい』
『逃げ道とか作っとくの苦手よ』
『退路を断つとか背水の陣とかバーンワンズブリッジ的な?自分で自分を追いつめてる節も否めないけどね』
『でも結局それが俺じゃない』
『でしょ?』
『器用にとか無理だし
正論で片づけられて納得するタイプじゃないじゃない
俺の暴論は正義よ笑』
『俺、最近結婚したくて仕方ないのよ
弱ってるよね笑病んでるのか笑』

腹心の友オア腹心の吐露

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