株式会社アナザースカイ35

あまりの痛みに、覚醒して一番最初に沸き上がった感情は疑問だった。

シクシクだのズキズキだのの類いではなく、白魚の指をこめかみに添え、整った室内で良質なファンデーションにて毛穴が整った頬を微かに歪め『ママだいじょうぶ?』と見上げる幼女を見下ろしそっと微笑む頭痛薬のCMに採用される程度ではなく、そのCMに(頭痛なめんな。優しさで治る頭痛は頭痛にあらず。鎮痛作用100。100パー鎮痛求む。)と鬼の形相でテレビを睨む程度でもなく、側頭部がだの頭頂部がだのの限られた範囲でもなく、くまなくまんべんなく自分の中の全痛いを総動員し、

(頭全部爆痛み)

と、頭痛に苦しみのたうち回る自分を俯瞰するという痛い夢を意識的に終わらせアラタは目を覚ました。

咄嗟、枕元の時計を確認する。AM3時。
(こんな痛いってある?)
咄嗟、隣の娘を確認する。
乳児期の名残を思わせる万歳の格好で、穏やかに深い眠りの中にいる。
(私だけ。こんないたいの私だけ。)
安堵とほんの数パーセントの『私だけ』に纏わる不安。

大河のスピードで上半身を起こす。と、自分の半生で、1度も乗ったことのないレイジングスピリッツをディズニーランドでではなく、自宅のベッドで経験する。
ぐるりと体が回転する。
頭が、上を向いているのか下を向いているのか。ぐるりぐるりと体が回転を続ける。咄嗟目を閉じると、ぐるりぐるりぐるりと、体が緩やかに一定の速度で回転し続け、マットレスの上であるにも関わらず浮遊を感じ、ほどなくレイジングのゴールに到着した。
目を開けば、キャラメルポップコーンの香りも、パレードもない、安全バーやらベルトを外す必要もないベッドの上、天井のオレンジ色のライトが静止している。
(怒り半端ないわ酔うわ)
ジェットコースターには今生後生一切縁がないであろうと確信を抱き、つつアラタは、ベッドを降りた。

真っ暗な、階下のリビングの、非常灯のように心細い灯りをつけ、常備薬から解熱鎮痛剤を取り出すと、
(胃にくる?きちゃう?優しさフォローミー、背に腹はかえられん使い方合ってる?)
1回分を服用する。

飲み干して空になったグラスを、震えが止められぬ指で慎重にシンクに置き、そのまま思わずうずくまる。
(いてもたってもいられないの現場ここ)
ゆっくり立ち上がる。
座ろうが立とうが横になろうが、どの体勢をとっても痛みの強さが和らぐことはなく、それでも、座る気力も立ち続ける気力もないままにずるずるとリビングに向かい床の上に体を横たえる。寒い。頭を抱える指の震えが痛みによるものか寒気からなのか判別しかね、恐怖する。マジで恋する5秒前の動悸を自覚するそのそばで、トロリとした眠気を確かに感じる。

シンクの前からリビングの床までの距離を真っ直ぐ歩き、たどり着けたことに、束の間安堵し、
「バー、ルー、スー」
言葉を声に出す。
耳に届いた自分の声音が、自分が発声しようとした音のまま、淀まず、整った呂律できちんと聴覚を通りすぎ脳に届いたことに再び安堵する。

住所、誕生日、電話番号、名前。
頭を抱えたまま痛みに目を閉じ、自問自答する。


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