株式会社アナザースカイ44
開かずともその声はだれのものかアラタにはわかる。
わかるわからない以前にその人以外思い浮かばずクリアな懐かしみが心に灯る。
ライン共通フォントのゴシック体がそこだけ特別な明朝体になる。
『おにぎりは何がすき?』
に救われたいつか。
大丈夫でもなんとかなるでも元気出せでもなく。ましてや好きだの愛してるでもなくかといって、ずっと友達だよでもなくおにぎりは何が好きかと問うたひと。
どんよりぼんやりまるでつかみどころがなく、それでいて止む気配のない雨空を自分の頭上だけに抱え苦しさは止むことなく永遠に続く確信だけはあったいつかの夜。
自分の存在意義や明るい未来に一縷の価値も希望も見いだせず、ただ、ぼんやりとベッドの中でスマホを眺める夜。
離婚の是非を自問自答する清濁の夜。
離婚は幸せになるための道なのだと奮起しようとする自分の横っ面を(弱者の正当化。美談にすな。)とひっぱたく夜。
収集のつかない問答を繰り返し冴えに冴える目を強引にとじ(どうせ眠れない。)ことを知りながら(朝がきてもこなくても)と深く吸い込んだ息を長く吐いた夜。
明けない夜はない、止まない雨はない。の眩しく美しい尊さに首を切って中指を立てる夜。
待ち受け画面からどこか楽しい場所へサーフィンする気力もなく、ただ、待ち受け画面の娘たちと時計を(1分て思いの外長いわ。)見つめる夜。
肩まで布団を覆っても背中が寒く、顔の表面と頭だけは風邪のように熱をもち氷水に浸しているかのように爪先が冷えた夜。
(心細い、心許ない、あとはなに?薄ら寒い。薄ら笑い。薄らってとこがポイントよ。)
見つめ続ける画面の右上、角が丸い緑の正方形を叩きアラタは一縷の迷いなく懐かしい人のアイコンを叩く。
『久しぶり』
『げんき?わたしはげんき』
メッセージを飛ばす夜。
元気があってもなくても『私は元気』だと伝えたくなるひと。元気があってもなくても相手から『俺も元気』を受け止めれば一縷の濁りなくあなたが元気ならそれで良い。と思えるひと。
『げんき?わたしはげんき』から1分の間をあけず、
『げんきよ』
『ひさびさー』
『笑アラタはげんき?』
小学校低学年の日記のような平仮名まみれの白い吹き出しが3つ届く。
アラタが報告した元気を、笑でまろやかに否定し『わたしはげんき』のその奥にある空元気を丁寧にすくいあげ末尾にクエスチョンを据える温かい再確認。
幸せとせずなんとするのか。
たった数文字で数文字分以上に救われることの幸せ。