株式会社アナザースカイ41

『2度はない。次はない。これはファーストチャンスでラストチャンス

やり直しなさい。生き直しなさい』

最後通告だと、生き直しなさいと諭す声の音が、自由自在なシャボン玉のようにその音を変え、ケンコでもアラタが知らない誰かの声でもなく、アラタがよく知る声に変わる。
最後通告はただのお説教に変わる。
喜怒哀楽の少ないその人を表す、低温の低音。それでいて有無を言わせぬ圧倒的包容力の人。
『アラタさん』
声がアラタを呼ぶ。

(トトー。)

眼前に、余白をたっぷりとった距離感で、横たわるアラタを父親が見下ろす。正座だと思う。
下半身を確認せずとも、太く長い太腿のその下の膝をきちんと揃えきちんと正座をしているのだろうとアラタは確信する。
「きちんとしなさい。」は父親の口癖のひとつで、幼少期のアラタは「ちきんとしなさい!」とふざけては父親の火に油を注いだ。
父親はどんなに激しく火を燃やしてもお説教の最後には口角を上げた。
きちんとしなさい。と同じ頻度の口癖は
「アラタさんあいしてる。」
だった。

父親の、加齢と共に色素が薄くなる黒目と、口角が平らなままの唇を見つめる。

いくら早起きの父親と言えど、この時間ならまだ自宅の自室のベッドで、母親の隣で眠っているのだろうと思い、けれど今、目の前に父がいることに全く違和感を抱かないままアラタは、体を横たえたまま眼球だけを動かし、父親の自分にも譲られた色素の薄い緑がかった美しい黒目を見つめ返す。

物心ついたときから今日まで娘は父をトトと呼び、父は娘をアラタさんと呼ぶ。
「敬称は敬意の表明。人は近しい人間に対してほど敬う気持ちを怠ける。」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?