株式会社アナザースカイ43

実家のクローゼットの中。

耳の上の2つ結び。お気に入りのワインレッドのリボンはアメリの真似っこ。すぐ飽きたけれど。口に両手を張りつけ息を潜め身も潜める。
抜き足差し足忍び足。父親の気配。

「どこかなー?アラタさーん。おーい。おへんじしてくださーい。」

その手にはのらない。
うっかりはーいなどといったりしない。トト、そこまでうっかりさんじゃないのよ。うっかりさんのお料理シリーズは大好きだけどね。

180センチを越える巨体が近づき足を止める。
時々引きずるを左足を大きな大きな左手で撫で「若気の至り。」と、無邪気の中に後悔と懺悔らしいものを内包し、豪快に笑うトトをワカゲノイタリ毎
(かわいい。)
と思ってしまうことは秘密。トトにも母にも。そんたく。

父親の気配がクローゼットの扉越しに伝わる。クローゼットの目前。
やばいやばい見つかる。
息を止める。キュっとアラタは身を硬くする。

「おっかしーなー。おとがしたけどなー。ここじゃないのかなー。アラタさーんいますかー。」
クローゼット扉の向こう側、巨体が離れる気配。
一歩、二歩と離れていく毎にスリルのドキドキが種類の違うドキドキに変わる。見つかりたくない。は、早く見つけてに。
身を潜めるのに絶好な狭く暗い密室の苦しさ。ひとりぼっちの淋しい不安。

『そこかな。』

そう、ここよ。トト。わたしここ。今、そこにいるかも。

「アラタさんとかくれんぼするとさー、なんではやくみつけてくれないのって怒られて怒られて。
なのに鬼になるとすーぐ飽きちゃって。探すのも見つけるのもすぐ諦めちゃうんだよね。
見つけて見つけてばっかりで探すのは頑張らないんだよね。」

アラタの口角は致し方なく上がり、皮が剥けるほどに乾いた上唇と下唇の隙間から、ケーキにたてたローソクの火を消すときの幸せな吐息が漏れる。

(ウケる。やっぱりお説教じゃない。)

『アラタさん。ところで、』

(ほら、ほーらきた。お説教に本腰いれるんでしょ。なによ。そうよ、私はそこ。ここにいる。ここじゃないどこかへいくにはどうしたらいいのよ。父親らしくパンチのある言葉で私を救ってよ。あのねトト、わたしもあいしてる。)

目を閉じる。

最後通告に値する言葉を待つ。最後通告かお説教か天の声か。

狭く暗いここから、見つけ出し救いあげてもらうべく父親の言葉を待つ。
待つ行為の原動力は、もう心底どうでもいいからあとは野となれ山となれ。と、面倒臭さと、潔いまでの藁でもいいからすがりたい系他力本願。アラタは目を閉じる。
(適温てこれな。)
寒くも暖かくもない。

忙しくもなく暇でもない。生きても死んでもいない。希望でも絶望でもない。不快でも快適でもない。だからつまり、不幸でも幸せでもない。

『ところで、お前さ、おにぎりは何がすき?』

アラタは目を開く。


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