株式会社 アナザースカイ 9
甘えた声で。
友達に語りかける声質とは異なる声で甘えておきながら、友達に置いたウエイトをひとつ恋人に移動させておきながら。アラタの心の、奥深い場所で燃える灯火が、時にはかがり火とも言えるそれが、
「んー。いい。ありがと。大丈夫よ」
答えた。
唇は勝手に動いた。
動いただけでなく、唇の端は毅然と美しく上を向いた。スマイル。
『大切なものを汚さぬまま大切にしたい。』
きれいごと、振り切れない、意気地無し、ヘタレ、つまらない女。
どれでもいいと思った。
大切なものを守れるなら、私はフルタにとって『友達以上恋人未満プラスつまらない女』それでいいと思えた。
この上なく女慣れした、察しのよいフルタは数秒の沈黙のあと、
「そか。わかった。外でしょ?気をつけて帰れよ」
男を消したジャージの似合う声で、「どしたー?」と同じ温度で、健全に答えた。
**
黄色のカクテルを干し、隣の男からの、
「カクテルからのそれ?トマト好きなの?」
に、
「すきよ」
答え、アラタはレッドアイをごくごくと一気に半分飲んだ。
半分になったグラスを、コツンと音をたてて、コースターではない場所に置く。
右足を上にして組んだヒールの爪先が、隣の男のすねに当たった。数センチ。男のすねが近づく。
『それ、狙いだから。女が、やだーつって男の腕とか太ももに触れんのと一緒。』
フルタの声が聞こえた。気がした。
ビール、ビール、ミモザ、レッドアイ。
アラタは、飲んだドリンクを頭のなかで復唱し、(次はタンタカタン)と、紫蘇の風味を引き寄せ、秒後、
(寝ておけばよかった。)
胸におとした。
なぜか、奥歯を噛み下唇を強く噛んだ。
次にタンタカタンを飲み、
「紫蘇最強」
と思えたとしても、
「カラオケ?日本語ラップとかかますの違う感じ?」
と、向かいに座る女友達と軽口を交わし、二次会が盛り上がったとしても。
リア充と言えなくもない金曜日の夜に、この夜の終わりにきっと長いため息を吐くことは知っていた。
飲み会からの帰路に
『コンパー。ビール、ビール、ミモザ、レッドアイからのタンタカタンからのカラオケー』
とLINEを飛ばせば
『お疲れ』
『レッドアイは外せない』
『タンタカタン懐かしいな』
『すげー飲んだよなー』
『突然アラタの中にブームがきた笑』
『俺あの頃紫蘇見るだけで二日酔いになったから』
『とはいえ紫蘇最強』
『アルファかました?ツボイ笑アラタのお経ラップ笑』
と、もしくは
『飲みすぎんなよー、て、遅いか笑』
と
フルタから返信は、きっと、こない。
『結婚する』