株式会社 アナザースカイ 19

「離婚したいです。」
「しません。」
「では、また話し合いの場を。」
初回の協議を閉じた直後。

舌打ち。

立ち上がり、背中を向けた夫から場違いに小気味良い舌打ちが聞こえた。パ、パパ、パードゥンミー?

火蓋を切るゴングに聞こえなくもないそれには、めんどくさ。や、ダルが含まれていると、アラタの胃痛は小雨から本降りに変わる。

いつかの夜。ドラマを見ていた夫が眉間にシワを寄せ目に笑みのない歪んだ笑顔でCMを期にチャンネルを変えた夜。
舌打ちと共に握りつぶした缶ビールの音にアラタが薄ら寒い腕をなで夫から視線をはずした夜。
「女っていいよなー。なにかっちゃあ離婚離婚て簡単に騒いでさ。鬼の首とったみたいに。何様なんだよ。」
めんどくさ、ダル、女っていいよなー、何様なんだよ、俺?俺様だよ

耳を疑った。1度は、疑ってみたが疑ったところで「真実はいつもひとつ!!」であることはわかっていた。けれど、アラタは、1度は自分の耳を疑った。

疑いは、違う呼び方をすれば、また裏返せば「期待」なのだと思う。
心の隅で自分が選んだ結婚相手に「まさかそんな人ではない」と期待をしていたのだと思う。心の隅で。隅とは言え、細部に神宿るのだとしたら、隅で抱いた期待はもれなく真意。
舌打ちに限らず、15年の結婚生活のあらゆる場面で、受け入れがたい場面で期待をし、裏切られてきた。

それを夫に伝えればきっと、
「勝手に期待して勝手に裏切られたって騒いで。お前横綱な。一人相撲も甚だしいわ。」
で、捨てられる。

『選んだのは自分。』

相手を、相手との交際を、その末の結婚を、求められ受け入れ最終的に決断したのは自分。
責任転嫁を良しとしない、美徳ともいえるアラタの長所は時に鋭利な刃物となり自分自身を痛めつける。

価値観が近い似た者同士。ではなく、無いものをお互いが補完する。
夫婦像にそれを描いた。
だから始まりから、相容れない部分や、理解しがたい夫の特性には気づいていた。
ではなぜ?
問われれば、
「打算的選択」
であったことを否めないとアラタは思う。

思い遣りに欠けるは、ちょっと鈍感なだけ。
他者の傷に疎いは、ちょっとちょっと鈍感なだけ。
自分本意は、ちょっと、ちょっとちょっとなだけ。


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