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いつも、全部おいしかった。【chapter78】






常軌を逸脱した支離滅裂さね、リョウくんに指摘されなくても、さすがに自分でわかってるわ。支離滅裂で的を得ない、堂々巡りだけは回避してる手応えがあるけれど。

なんにせよもう一回って言われても無理よ、絶対に無理。もうなにを話したか覚えてないんだもの。

私達はきっと同じことを思い続けてる、ただ生きていて欲しかった、それだけよねきっと。

好きだったからとか恋人だからとか大切な人だからとか、家族だからとか。自分の裏切りとか後悔とか、そんなティッシュペーパーより薄くて軽い愚かな懺悔なんて一ミリも関係なくて、ただ生きていて欲しかった、それだけよ。

リョウくんの中にあるタカシくんへの気持ち、最後に残った一粒の気持ちに名前をつけて、向き合うことができる日はイコール自分が生きることを自分で認める日よ。四の五の言わずに生きるしかない、生きてて良いんだって、私でも誰でもないリョウくん自身が認めるの。大丈夫。私はリョウくんにおいしいごはんを作り続けるから。里芋の煮物は腐らせないように気をつけるわね。

リョウくん私に聞きたいことがあるんでしょう?ノーコメントもスルーもなしで、なんでもお答えするわよ。

私はねリョウくんに恩があるの、苦しいときにそばにいてくれた。すごくシンプルだけど、私にしてみたら一生を使い果たしても返せない恩なの。タカシくんごと私を引き受けてくれた、このままの私で良いから、一緒に生きていこうって言ってくれた。

結婚を決めた理由は何ですか?って、愛情とか経済力とか、一緒にいて居心地がいいからとか、尊敬してるとか色々あるんだろうけど、恩があるから一生をかけてお返ししたいっていう理由を気に入ってるのよ私。

リョウくんの人生を乱した私を、面倒くさがらすに抱えてくれた、引き受けてくれた。

タカシくんの誕生日にケーキを届けたとき、またごはん作ってって言ってくれたことも、病院の食堂でプロポーズみたいなことしてくれたこともちゃんと覚えてる。嬉しいとかときめきとかでなく、有難いって思ったの」

「プロポーズみたいなこと」

「そう。あのとき食堂の窓から見えた人並みの一人一人が幸せそうに見えたこととか。リョウくんの肩越しに見た景色が美しくて一生忘れたくないって思ったこととか。リョウくんて大きいなあって、笑った顔はもちろん素敵だけれどリョウくんは仏頂面が似合うわってしみじみ思ったこととか。紙コップのコーヒーの胃に染み渡るようなかつてないおいしさとか、あの日の自分の気持ちとか。全部覚えてるのよ。

さあなんでも聞いて、逃げも隠れもしないわよ」

聞きたいことは山ほど、喉に刺さったまま飲み込めない骨は一本。

それを聞いたあと食べるケーキの味はどうな風だろうと、リョウは想像する。かつてないほど甘くおいしければいい、切実に願う。

「聞きたいことは」

ソノコ元気?あの頃、本当は誰を好きだった?俺よりタカシを愛する気持ちの方が強い?俺と出会ったことを後悔してる?三人の最後の夜の夕食はなにを食べる予定だった?今も後ろめたい?幸せ?これは運命なのか?無味の里芋って食べてみたいけど、怖い気もする。お前の顔や肩にあるのはソバカスじゃなくてシミだ。それと多分お前のブラジャーはサイズを間違ってる。胸がコンプレックスなのは知ってる、けれど勘違いしてる、俺が一番好きなのは胸じゃなくて手だ。

どの道を辿っても、三人の始まりに戻っても、俺達は今日にたどり着いたんだろうか。タカシと俺とどっちが好き?タカシの誕生日ケーキを届けに来た日、ケーキは口実で本当は俺に会いたかったなんてことはある?俺が許される日はくるのか、俺が俺を許す日はくるのか?タカシは結局クジラになれたんだろうか。俺がお前と出会った日のことを覚えてる?ミサンガは女が「仕事運アップのお守り」だと足首に巻いたんだ、けれど、お前は

「赤いミサンガは恋愛の運気が向上するおまじないよね」

って俺の足首を見て笑った。あの夜、俺はミサンガを切って捨てた。


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