株式会社アナザースカイ7

けれど。

二人の「友達以上恋人未満」を別の言葉で表すなら「プラトニック」
セックスは当然、キスも、手を繋いだことさえない、どこを切っても「健全」と言える関係性だった。

職員会議かPTA会議で、高校生男女のありかた理想サンプル資料として、正々堂々提示できる関係であった。

似た者同士かもな。

けれど。

その、さして深い意味はない、本人が常日頃「俺、なーんも考えてない」と公言していた通りの、浅い思慮から溢れた、たったひとこと。

そのひとことは長年、アラタの心を温め、支え、灯し続けた。

例えば、
仕事で存在意義そのものが揺らぐとき。

女関係が散らかっているとは言え、なんだかんだ自分は本命と、大切にされていると花畑にいたら、他に二人も三人もいて、さらに自分は股の方であったとき。

『仕事と俺とどっちが大事なの?愚問か。毎日残業お疲れさま。ほんとに仕事か知らんけども。なんにせよ仕事と心中ウケ』
と、ライン一本でフラれたとき。

『一人で生きてけるタイプだよね。』
と、真っ直ぐ真摯な瞳で目を見つめられ、別れを告げられたとき。

日々の労働に忙殺され、重なる残業を終え、会社の外に出てタバコに火を点け煙を吐き出し、
(ライン。)
と、ポケットに手を突っ込み『今おわったー。あいたーい』と甘える相手とは「別れたんだった」ことを思い出すとき。

心の一番奥、フルタを思った。
無自覚、無意識、条件反射で。

彼の10代からの口癖、常套句、

「だーいじょぶよ」

呑気で平和で温かい、まるで根拠のない大丈夫。
「フルタが大丈夫というなら大丈夫」
それを思い出す。

1度だけ、20代前半のころ、二人で危うい橋を渡ろうとして、渡り損ねたことがあった。正確にはアラタが橋を渡ることを止めた。

例のごとく男にフラれ、例のごとくフルタを思い出し「大丈夫」の低い声を耳に戻したが、気持ちを立て直すまでには至らず、色々な疲労を纏った心身を引きずり、会社からの帰路にアラタはフルタの電話番号を押した。

発信音を聞きながら、直近の彼からのラインが、
『久々』

『アラター』

『げんき?』

『俺、別れた』

『しばらく女いいわ』
だったことを鮮明に思った。
いくつかの連続の吹き出しを思うと同時に、黒寄りのグレーの思惑が鎮座していることをアラタはきちんと認めた。

「どしたー」

いくつかの発信音が途切れた。フルタの低い声を聞いた。

静かな、とても静かな、満月が浮かぶ夜。波の音。安寧の慰み。見上げた大樹。葉と葉の隙間から溢れる太陽。密やかな希望。

本人が無自覚の色気や、やんちゃさや少し時代錯誤の男気ではなく、ひたすら懐かしさを聞いた。
疲労と傷心と、それらとは無関係でありながらもこみあげる、フルタに対するいまだ名前をつけられない気持ちを、限界まで吐き出した。

「ながー」

アラタ、ため息ながー。
フフっと鼻を鳴らして笑い、呆れるでも茶化すでもない許容と包容で、いつものテンションでフルタは呟いた。
そして2度目の、長いため息に対する
「どしたー」
を続けた。

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