株式会社アナザースカイ37

まぶたをおろす。
真っ暗。

目を閉じれば暗闇であることを認識できる視覚にホッとし、また、目を閉じてもなにひとつ頭痛と吐き気とそれ以外の痛みが慰められないことを知る。目を開く。

『とても静かなお産でした。おかあさん頑張りましたね。』

おかわりに次ぐおかわりで陣痛促進剤を投与し、難産の末産まれた長女の出産。
そのプロセスに狂乱せず、涙ひとつ流さず、ひたすら月夜の砂浜で卵を産み落とす海亀の映像を浮かべては(一体、何個産むつもりよ)リピートし、しかし、涙ひとつ産まない出産を経験したアラタの左の目頭から一粒の涙が産まれ満月のように膨らみ、鼻筋の山を乗り越え、右の目頭に到着する。
右の目尻から産まれた涙が、こめかみを通過し髪の中に溶ける。
絶対に、絶対上書きされない自負があった痛いメモリーをアラタはあっさりもろ手をあげ上書き更新する。(出産超えの頭痛なう)

(いたい。おわた。おわる?)

おわる?と問い、おわってもいい。答える。
ろくでもない人生の途中に、自分には無関係と願ったろくでもない離婚を経、そのあとはきっと、ろくでもない人生が続く。疲れた。
痛いの疲れた。アラタは目を閉じる。


『それさー、わたしが貸したものだからね。いうても。ぶす』

声。声を聞く。

(え……ねたの?)

アラタは、眼球だけを数ミリ動かす為の労力を100メートル動かすほどに感じながら眼球を動かし、テレビボードの上、デジタル時計を見る。AM3:33。時刻を
(ぞろめー。)
認識し、吐き気と悪寒と頭痛以外の痛みの全てが消えている事実を認識し、
(適温。寒くも暑くもない。きもちいい。頭いたい。)
体温を感じさせる室温を認識し、口角をあげる。
(いきてやんの)

いきてやんの。を鼻で笑い、
(そういえば。)
内耳を意識する。
音。音楽。
(これ、なんだったかしら。)
やかましいとはこのことかと、頭痛の横でけたたましく内耳を刺激する。

アンサンサンサンランサンサンサン
クニクニクニクニアンサンサン

琴線はおろか、苛立ちにしか触れないマキシマムな音量の音楽をバックグラウンドに添え、

『図々しいのよね。さも、私のですからそれがなにか。みたいな感じで雑にあつかってさー。図々しいのよ。あんた。ブスのくせに』


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