「アルプスでこぼこ合唱団」
新刊を上梓しました。
縁あって、というか成り行きで、スイスに住むようになってから早いもので二十年余り。なのに単行本という形でスイスについて書くのは、実はこれが初めてです。その理由は本書をお読みいただければお分かりになると思います。
合唱という営みのあれこれについて綴りながら、これはまた、一人の頼りなく、情けない「透明人間」が、不器用に、時にみじめったらしく、時に健気にそれでもなんとか自分の居場所を築いていこうともがく話でもあります。
ブラックアンドホワイトも勧善懲悪もハッピーエンドも筆者の好みには合いませんし、何より現実とはそのようなものとはかけ離れています。しかもこれは創作ではなく、エッセイです。ですのでここには大団円もカタルシスもありませんが、コロナ禍で気ままな旅もできず、会いたい人にも会えず、すべてが宙に浮いたまま停止してしまったような時間の中、そして仲間と声を合わせて歌うことも叶わぬ日々の中、窓の外の季節の移り変わりを眺めやりながら遅々と筆を進めた結果が静かに横たわっている。そんな本です。
パンデミックはもちろん、デルタやオミクロンなど、このところギリシャ語やギリシャ文字が騒々しく世界の表舞台に躍り出た感があります。そして合唱=コーラスも、そういえば古代ギリシャ語の「コロス」がその語源なのでした。コロスといえばギリシャ悲喜劇の舞台で、筋の解説や状況の説明など、劇の進行上のナレーションのような役割を果たす合唱隊のこと。ナレーションは節つきで唱えられることが多かったようです。
時を経て、合唱は劇場から教会へと活動の場を移し、最初はシンプルな斉唱や重唱だったものが複数声部から成り立つポリフォニーへと進化発展を遂げ、ヨーロッパではオルガンと並んで教会音楽の主要な担い手となります。
そんな豊かな歴史や伝統の先っちょに、我ら「でこぼこ合唱団」もまた、小さな場所を与えられ、歌好きの団員それぞれの個性を、スイスらしく、静かに控えめに歌声に託しているのです。本書を手にとってくださる方に彼らの歌声、そしてなんとかそこについていこうともがく筆者のため息や逡巡の内声が届いてくれるといいな、と思います。
心がぽかぽかしてきそうな素敵なカバー絵は、名著『パリのすてきなおじさん』や『戦争とバスタオル』(安田浩一さんとの共著)でお馴染みの金井真紀さんに描いていただきました。
発刊を記念し、スイスでの朗読会を企画していただいています。2月13日(日)14時(スイス時間)から。対面のご参加はすでに定員に達しているそうですが(満員御礼・深謝!)、同時進行のオンラインの方は、まだ少しお席があるようです。ご興味ある方はmikakamiyatanner[アットマーク]gmail.com までお問い合わせください。