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穴を掘る彼女のおとむらい

実は、数年にわたって会社でちょっとした嫌がらせをされていた。
その彼女が、会社を辞めることになった。
年末に突然の退職願を出した。それから私以外の人を順番にお昼に誘い何かしら話をしたようだった。私だけは、彼女からお昼ご飯に誘われることはなかった。そういえば彼女は結婚式に嫌いな上司を呼ばなかった。あの時その露骨さが怖いなと思ったのを思い出した。
私は、彼女の知り合いにメッセージを募り、花束を予約し、彼女の最終日にむけての準備を進めた。多分私は、どんなに嫌いな上司でも結婚式には呼ぶだろうと思う。

この人がいなくなればいいのに……と思ったことは、何度もあった。
彼女は、機嫌を悪くすることによって他人を支配するタイプの人だった。自分が機嫌を悪くすると周りが気を遣ってくれることを一度知ってしまったらやめられなくなったのだろう。そのことを計算してやるというよりは、小さい時からそうやって自分の思うようにしてきたんだろうと言った感じだった。
受話器を大きな音をたてて置く。必要以上に大きなため息をつく。独り言で怒る。彼女の機嫌が悪いという自己主張は、とてもわかりやすかった。『私は、今構って欲しいのよ!』と大きな声で叫んでるような態度だった。そして思うようにならないと誰かのせいにする。その誰かの標的は、私だった。私は、文句を言ったりしないし反抗したりしないから。こう言う人は、自分に逆らわない人をすぐに感知する。
こう言う人が会社にいるならすぐに離れた方がいい。

そして彼女は、ことごとく仕事が出来なかった。
なのに残念な事に『出来るね』と言われたい気持ちが勝って空回りするタイプだった。
そういう人が陥りがちな、<きをてらった意見で人から一目置かれたい>という考えの持ち主だった。多分眼鏡をかけた冴えない女の子が眼鏡をとったら美人で、スカウトされてモデルになるようなサクセスストーリーが好きに違いない。
そしてその会社では、自信がない子が一生懸命努力をするというタイプを応援したくなる人が多かった。私は、彼女のおかげで周りにそのタイプに映った。ただ普通に過ごしていただけなのだけれど。その後いい具合にパワハラも受けた。でもそれが<健気に頑張る>という印象を私に追加した。はじめは辛かったパワハラも、ここの会社には助けてくれる人がいないと分かった途端パワハラなんてどうでもよくなった。
私は、泣きながら家に帰っても構ってくれる人がいないと思うとすぐに泣き止む様なこどもだった。

彼女は、恋愛がうまくいかない人だった。
<男運がついていない人。>というのが同僚から聞いた話だ。
私の私生活には、なぜだか彼女の彼の知り合いや彼本人が現れた。<ひどい女に捕まった>それが知り合いや彼自身を通じて聞いた彼女の印象だった。
同僚によると、彼女はとても可哀想な人だった。結婚の約束をしたのに式場を決めてくれない。両親に挨拶をしてくれない。別の女の匂いがする。ひどい男のオンパレードの様だった。
友達や彼自身に聞いた彼女は、結婚に対する執着が強くかなり強引に同棲話を迫られたり、勝手に結婚話を進めてウエディングドレスを試着しに行ったりして困るとのことだった。別れようとするとストーカーのように付き纏い、彼女の母親から脅迫めいた手紙を送られた人もいた。
同僚の話す彼女と、知り合いの話す彼女が全く別人格すぎて、これは絶対に関わらない方がいいと確信した。

彼女の周りに対するいじめは、目を見張るものがあり『彼女を怒らせるとめんどくさいから』という暗黙の防衛線がずっと張られていた。彼女は、後づけでみんなのためと言うけれどそれが自分の為なんだと言うことも周りは気づいていた。

昔拷問や処罰について調べていた時に、穴を掘ると言う処罰を目にしたことがある。
犯罪者は、ある土地にやってくる。そしてそこで命令される
『そこに穴を掘れ』
スコップを渡され犯罪者は、穴を掘る。一体何があるのだろう。そう思いながらどこまでも掘り続ける。自分の腰あたりまで掘り、直接地上へあげていた土をバケツで土を組みあげる方法に変えていく。
どこまで掘るのだろう。そう思い思いながら穴を掘りづつける。そのうちその穴は、自分の背丈を超えていく。そこで新たな命令が下される
『今お前が掘ったその穴を、埋めろ』
犯罪者は、訳がわからない。穴の中から上を見る。彼は、質問を受け付けてくれそうもない。そして犯罪者は、自分を彫った穴を埋める。穴を掘ったことになんの意味があったのだろう。掘る場所を間違えてしまったのだろうか?
穴を埋め終わった後、その数センチ隣の場所を指差し命令が下る。
『そこに穴を掘れ』
指の先の土の下には、何があるのだろう。さっきの場所とは違うその場所にまた穴を掘り始める。腰の高さまでくるとバケツを用意する。一度経験したその作業は、前より効率よく進んでいく。そして背の高さほどに達した頃声がかけられる
『今お前が掘ったその穴を、埋めろ』
穴の中か上を見る。この光景は、デジャヴだ。そうして翌日もその翌日も同じことが繰り返される。結果の出ない努力。自分がやってることは、全くもって意味がない。そう察してしまってからの毎日で彼は、心を病んでしまう。
そういった話だったと思う。
私はこの話を読んで会社で働く自分自身と照らし合わせた。その頃のは私は、とても会社に行くことが辛かった。やっても終わることがない仕事。周りのひとは、帰っていって一人会社に残りする状況に涙が溢れていた。
でもこの話を読んだ時、私は仕事が嫌なのではなく、今の状況が当たり前だと周りから思われていることが嫌なのだとわかった。<当たり前だから誰も手伝ってくれない。>その頃の私は、『助けて』と言う努力をせずにそう思っていた。周りは、私のその状況を見て察してくれるものだと思っていた。『当たり前』その言葉が、今自分がやってる事に意味を見出せなくなることに繋がっていた。

彼女もきっとあの頃の私と一緒なのだ。頑張っても結果の出ない仕事。頑張ってもうまくいかない私生活。やってくる誕生日に歳を重ねたことを実感する。結婚や仕事で充実した生活を送っている様に見える周りの人々。
穴を掘っては埋める毎日。この穴には、きっと意味があるはずと思って掘った穴からは、またもや何も出てこない。穴を掘る事に意味はあるのかと思いながら、掘ることをやめられない。だって隣の穴からは、水が出たと、宝石が出たと噂されてるのだから。
彼女は、きっとそう思って毎日過ごしていたのかもしれない。
とても苦しかったのだ。

だからといって、不機嫌で人をコントロールしてはいけない。その甘い蜜を味わってしまうと癖になる。
そしてそう言う人と出会った場合は、すぐさま逃げなければならない。なぜなら彼らがするその行為にコントロールされることこそが、意味のない穴を掘る行為だからだ。そして、穴を掘ってるうちはまだいいのだ。一番怖いのは、この掘っている穴は何にも使われることがなく、今自分がやっている行為は、意味のないことなんだと理解してしまったところから苦しみ始める。そして過去の時間すら奪ってしまうのだから

彼女は、その事に気づいたのかもしれない。だから、転職して新しい人生を歩み始めるのかもしれない。いや、そう信じたい。

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