【小説】私立図書館との出会い⑦
40歳独身の私。不思議な私立図書館で《一人がだんだん近くなる》その不安と闘いながら自分の好きなことを探す日々。そこで出会った不思議なメッセージに翻弄され過ぎていく日々はそろそろ終わりを告げる
「いらっしゃい。」
中から声が聞こえる。カウンター数席に小上がり。新しくはないが掃除の行き届いた居心地の良さそうな店だ。店内に入りカウンターに座る。店主の方がおしぼりを出してくれる。
「生ビール1つ」
つい口癖のように言葉が口をつく。何か食べよう。そう思いメニューを手に取り何品か気になる料理を頼む。ビールを飲みながら戻ったらマダムにどう話を切り出そうかと考える。そして気づく。そうか、話をするなら閉店後じゃないとできない。少し考えればわかる事なのに私はいつもいざとなると何もできないな。謝らなければならないことがまた1つ増えてしまった。そう思っているとビールが運ばれてきた。一口飲んで思った。私って馬鹿だなぁと。
食事が運ばれてくる。どれも美味かった。見た目に派手さはないがしっかりと手間がかかっているのがわかる味だった。最近料理を始めた私は、季節の野菜や旬のものがだんだんわかるようになっていた。料理をするようになって料理を食べる楽しさや選ぶ楽しさも増したような気がする。店主の方もとても優しくて楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
ふとお料理とお話のおかげで少しご機嫌になってしまっている自分に気づく。私はこれからマダムの図書館に戻ってあの話をするんだと思うとなんだかこの美味しい料理の味もわからなくなってきた。
「ごちそうさまでした」
お会計を済ませ店を出る私に、また来てくださいねという声をかけてくれた。それを聞いてこのお店をもっと早く知りたかったなと思った。とてもいい店だった。
マダムの元へ戻る。足取りが重い。いく時間を間違えたという反省材料を追加した状態で開く重厚な扉は、さっきよりその分より重く感じる。を開けるとマダムと目があった。
「おかえりなさい。お腹は満たされた?」
マダムの声は思ったよりも明るかった。そしてその後思いがけない言葉を口にした。
「間借食堂の下見はどうだった?」
一瞬私の頭の中は真っ白になった。唖然としている私に向かってマダムはにっこり笑った。どこかで耳にしたような言葉間借食堂。あっあの本の私の返信の言葉。
店名は『間借食堂』でもいいですか?
間借して営むから間借食堂。自分が本当にすることになったとしてもこの名前だけは嫌だろうと思って決別の為にととりあえずつけた店名。出入り禁止宣言を受けるつもりでいた私の心は、変化が激し過ぎて悲鳴をあげている。
月の光の下、家に向かいながら思った。マダムは、全てお見通しだったのだ。そしてあのメッセージの主はさっきのお店の店主さん。水曜日定休日のお店はすぐ近くにあったのだ。何かが始まる気がした。それは運命にさえ思えた。帰り道にまっすぐ月の光の線ができていた。今日は少しだけ遠回りして帰ろう。
今日は、満月だ。
間借食堂開店します
今日も月が綺麗だ。月を見る余裕がある私の心はとても良い状態だ。あれからとんとん拍子に話がまとまり水曜日の夜だけ《間借食堂》という名前のお店を営業している。それなりに常連さんもできて私はとても充実した毎日を送っている。最近では、一人がだんだん近くなると思うことも無くなった。
隣の私立図書館でお酒を飲んだことからこのお店は始まった。
私が初めてあの図書館で出会ったお酒ホット・バタード・ラム。そのカクテル言葉を調べてみると『好きなものを手にする持ち主。』
マダムは、そのカクテル言葉を知って私の未来も知ってあのカクテルを選んだのだろうか。あの頃の私は、自分が何が好きなのかすら分からず途方にくれていた。自分の未来に絶望していた。絶望は揺るがないものだと思っていた。
そしてマダムが飲んだカクテルゴットファーザー。カクテル言葉はなんだろう?と携帯で調べる。なるほど…納得
ゴットファーザーのカクテル言葉は、物事を両面から見て取れるスペシャリスト。