【小説】私立図書館との出会い⑥

40歳独身の私。不思議な私立図書館で《一人がだんだん近くなる》その不安と闘いながら自分の好きなことを探す日々。そこで水曜日の夜だけお店を貸しますというメッセージと出会った。

迷った時は1つ行動して材料を1つ増やすと解決する

週に一度水曜日の夜だけお貸しします。

 その不意打ちの返事を見て数日が経ち私の心の中でモヤモヤが、膨らんで行った。あの妄想の日々がまた戻ってくる。自分だけでは、もうどうにも前に進まない。迷った時は1つ行動して材料を一つ増やす。まずは、今日の帰りあの私立図書館に行こう。

 
 空を見上げると今日は、月が出てないかった。曇りなのか新月なのかわからなかった。
「こんばんわ」
 そういってすぐにあの本メッセージの本に向かう。夢でありますようにと最後のページをめくる。そして現実を知る。
 まずは、一番近い椅子に座り目を瞑る。深い呼吸をする。気づけばいつものルーティーンを反射的にしていた。時間がゆっくりと流れはじめる。本の最後のページを開く。じっと見つめても変化の材料は増えない。そうしているうちにいつもの音楽が流れ始めた。もう23時だ。材料が何も増えないまま仕方なく帰りの準備を始める。
「今日は、月が出てないのに珍しいわね」
 マダムの声が後ろから聞こえた。
「まるで本とずっと対話してるみたいだったわね。」
 そうだ対話。そして次は私が話す番なのだ。なのに私は、相手の目の動きも顔から導き出せる感情もわからない事に怯んでいる。


学生時代告白は、絶対実際にあってした方がいい。大切な話をするときは、電話や手紙だと相手の感情が読みにくいでしょ。そう言っていた彼女の告白は百発百中だった。

会うことができたらこのメッセージがどういう意味なのか少しはわかるのに……

 
考えても考えても返信は出てこないままふっと思った。あの返信をいつ書いたんだろう。もしかして水曜日の夜がお休みということではないか?つまり私は、水曜日の夜図書館に行き何食わぬ顔をして別の本を読んでいればその人は現れるかもしれない。まるで探偵になったかのような気分で考え始める。水曜日の夜あの本を手に取った人。それがサラリーマン風の男ならあの返信は、言葉遊びだとわかるし…そう思うとなんとなく1歩進めた気がした。悩んだときは行動して材料をひとつ増やす。今度の水曜日図書館に行こう。
 
 水曜日は朝からなんとなく落ち着かなかった。仕事中も時計ばかり見ていた。定時になりあの私立図書館へ向かう。今日会えるかもしれない。あの本を手に取ってメッセージをみていたなら思い切って話しかけて見るのもいい。見るからにサラリーマンだったら声はかけずそれなりの返信を残していこう。そんなことを考えながら砂利道を歩く。
 なんとなく本を選びあの本の場所が自然に見える場所に座る。早速本を開き上目遣いでたまにあの本の場所を見て本があるのを確認する。なんだか告白前に相手を待っているような気分だ、昼間何度も時計を見たように今度は、何度もあの本の方を見る。
 その日誰か入ってくる気配を感じるたびにその人を目で追いかけたがあの本を手に取った人はいなかった。そして私は翌週・翌々週と水曜日になるとあの私立図書館へ通った。

「誰だか知りたいのね。」
 そういったマダムの顔は真剣だった。
「なんの話ですか?」
 マダムから悟られまいとその言葉を口にするので精一杯だった。もしかしたら見透かされてるかもしれないという不安さえあった。そして私は自分がここの図書館には到底に合わないことをしている自覚があった。他人には、必要以上に関わらない。それがここの図書館の流儀だ。何より私自身がその距離感に助けられそして安心して通う事ができた。時にはその距離感に助けられた。なのに今自分は、その距離感を逸脱してあの本にメッセージを書いた人探しをしている。それも隠れて。こんなことをしてるだなんてマダムにバレたらきっとマダムは私を軽蔑する。そんな気がした。
「まぁいいわ。今度は、水曜日じゃない日にいらっしゃい」
 マダムはそういって少し笑った。全てお見通しだったのだと思った。きっと水曜日に3週間も通っていた理由も私があの席に座ったことももしかするとメッセージの内容もマダムは全て知っているのかもしれない。なんだかわるこいことを隠している子供のような気分になりながらその場を後にした。


行動して材料が増えないときは誰かに頼って増やしてもらう

 家に帰理ながら考えた。マダムは怒ってるかもしれない。私にとってあの場所はかけがえのない場所だ。これから先あの場所に行けなくなるなんて嫌だった。マダムと会えなくなることも嫌だった。ちゃんとマダムに話をしよう。一晩考えてそう決めた。明日、図書館へマダムに全てを話しに行こう。悩でも仕方ない。行動して材料を一つ増やそう。

 翌日仕事は、なかなか終わらなかった。今日に限って問題が立て続けに起こった。気づけば定時を過ぎていた。やっと仕事がおわった私は図書館へ向かう。歩きにくい砂利道に足を取られる。自分がやってしまったことが思うとそれが足を余計に重くする。全て話して謝ってダメなら仕方ない。出入り禁止になるかもと思うと気分は沈む。せっかく見つけた居場所だったのに。
「こんばんは……昨日はすみませんでした。」
 私は、重い扉を開け同じく重い口を開けた。するとマダムは私の方を見てこういった。
「今日は、もう夕飯だべたの?」
 気持ちを害してるはずのマダムの声が明るいトーンで少しびっくりする。私の心が沈みすぎて明るく聞こえたのか。それとも嵐の前の静けさなのか。
「まだです…」
 そういうとマダムは、にっこり笑ってこういった。
「よかった。じゃあせっかくだし隣のお店で何か食べてらっしゃいよ。」
 隣の店?何をいっているのかわからなかった。隣の店?何か食べて?隣は、食事ができる店だったんだと初めて気づく。あんなことをした私はもうすでにこの図書館には出入り禁止ということなんだろうか。もう来れないと思うと一気に悲しくなる。弁解の余地なしそう思いながら黙って後ろを向く。するとマダムが後ろから声をかけた。
「まぁご飯を食べて。お腹がいっぱいになったら戻ってらっしゃい。」
 また戻ってらっしゃい。その言葉を聞いて私は安心した。戻っていいのだ。そう思っただけでまだ弁解の余地があるんだと思った、そして私は、隣の店に向かう。
「いらっしゃい。」
 中から声が聞こえる。カウンター数席に小上がり。新しくはないが掃除の行き届いた居心地の良さそうな店だ。店内に入りカウンターに座る。店主の方がおしぼりを出してくれる。



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